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妖精のプロ


 曇りきった寒空の下、霊夢は日本酒の瓶を抱えて呆然としていた。
 萃香に凍結酒の用意を頼まれたはいいが、わざわざ人里で買い付けるのはもったいない。かといって、冬の寒さに任せたところで酒は勝手に凍らない。
 暫く境内で逡巡していると、どこからか氷の妖精が舞い降りてきた。霊夢はそれを目ざとく見つけ、賽銭箱の裏に酒瓶を置くと鬼のような速さで妖精に飛びついた。
「ねえあんた。ちょっとお願いがあるんだけど」
 霊夢は相手の反応を待たず、その妖精の羽を思いきり掴んだ。
「その冷たそうな羽を一本分けてくれないかしら」
 妖精は目を丸くして即座に逃げようとした。だが霊夢に体を抱えられ、空中で手足を振り回す羽目になった。
「やだ! 痛い痛いってば!」
 霊夢は顔や体を乱暴に叩かれるが、なおも妖精を離そうとしない。けれども、氷を象った羽が思ったより冷たくて、霊夢の手は次第に感覚が失われていく。
「霊夢、いるかー?」
 そこへ、箒に跨った黒い少女がのんびりとした調子で上空からやって来た。
「て? おい、何やってるんだよ!」
 少女は揉み合いに素早く駆け寄ると、二人を力づくで引き剥がした。
「ちょっと魔理沙! 邪魔しないでくれる!?」
「まあ落ち着け。何があったんだ?」

「ははーん、そういうこと。なら妖精のプロに任せな」
 霊夢がかじかんだ手を必死に温めている横で、魔理沙は妖精に正対した。妖精はムスッとした顔で腕を組んでいる。
「おいチルノ。口直し、だ!」
 魔理沙は素早く八卦路を構えて一本のレーザーを放った。その光が妖精のこめかみを掠めたところで、妖精の表情に輝きが戻った。
「へん! あたいと戦おうなんて命知らずね!」
 魔理沙と妖精は同時に飛び上がり、あっちへこっちへと弾幕の応酬を始めた。霊夢はその真下でぼんやりと立ったまま、灰色の背景に七色の絵の具が撒き散らされる様子を眺めた。
 二人とも戦いに身が入っているのか、空が次第に弾で埋め尽くされる。それに合わせて、境内にはパラパラと氷の流れ弾が落下し始めた。神社の周囲はますます寒くなり、霊夢は両手を組んで身を震わせた。
 その時、空を切り裂く極太の光線が放たれた。光の束は妖精目掛けて襲いかかり、終いには妖精の全身を覆った。暫くしてその光が途絶え、直撃した妖精が力無く落下しようとしたところを魔理沙がいち早く駆けつけ、両手でその小さな体を抱えた。
「どうだ?」
 魔理沙は寒さに身を縮める霊夢の正面に降り立ち、妖精を土の上に寝かせてから霊夢の顔を覗いた。
「どう、って。寒いわよ」
「だろ? ……瓶を見てみな」
 魔理沙に促され、霊夢は重たい足取りで賽銭箱の裏側を確かめた。すると、そこにあった瓶にはびっしりと霜がついていた。
「嘘。凍っているじゃない」
「だろ。なんたって、ここら一帯は氷点下二桁の世界になったからな。あいつのおかげで」
 魔理沙はにししと笑いながら、仰向けの妖精を指差す。
「ひょう、てん、か」
 すっかり青ざめた霊夢はその言葉を最後に、ひんやり冷たい賽銭箱へ突っ伏した。

  おわり


『後家とヒツジ』より