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地霊殿ペット魔理沙


 縦に切り込みが入ったイオニア式の巨大な柱に、魔理沙はそっと身を隠した。だだっ広いエントランスはひんやりとした寒気に覆われ、遠くに見える窓の外は灰褐色の世界が広がっていた。魔理沙は周囲に人妖の気配が無いことを確かめると、廊下の奥へそろりと向かった。

 どこまでも続く廊下を、天井近くの窓から漏れる薄明かりを頼りに進む。すると、廊下の一角にそびえる両開きの扉の奥から、何やら賑やかな音が聞こえてきた。魔理沙は扉に付いている金色の取っ手をぎゅっと掴み、音を立てないよう慎重に隙間を開け、取っ手をしっかりと握ったまま片目を覗かせた。中は桃色を基調としたかわいらしい内装になっていた。部屋の至る所で、犬や猫や鴉が座布団や絨毯の上を跳ね回っている。魔理沙は少しだけ心の紐を緩め、滑らかに扉を開けるとふわふわの部屋に足を踏み入れた。部屋にいた猫たちは魔理沙を見ると体を強張らせたが、一瞬の後に元の跳躍を始めた。

「うーん、ここには目ぼしいものが無さそうだな」
 魔理沙は部屋を一通り物色すると、足早に部屋の出口へと向かった。
「おーいみんな、ごはんだよー」
 その時、扉の向こうから間の抜けた声が響いてきた。魔理沙は即座に部屋を見回し、部屋の隅に洋風座布団がうずたかく積まれているのを見つけると、脱兎の勢いでそこへ飛び込んだ。間髪入れず、扉の開く音が魔理沙の耳元をかすめた。
「ほーら、怨霊のフルコースだよー」
 のんびりとした呼び掛けと共に、部屋の中が一層けたたましくなった。魔理沙は即席バリケードの先で繰り広げられる光景が気になって仕方が無かったが、ぐっと堪え息をひそめた。

 暫くののち、ある種殺気立っていた喧騒は一応の静まりを取り戻した。魔理沙はそろりと様子を窺い、声の主が姿を消したのを確かめると肩の力を抜いた。一瞬、動物たちに紛れた黒い猫又と不自然に目が合って魔理沙は気になったが、特に何の反応も示さなかったのでそれ以上の詮索はやめた。
 動物たちは相変わらずじゃれ合ったりお昼寝したり、めいめい好き勝手に過ごしている。魔理沙は改めて脱出の覚悟を決め、扉に手を掛けようとした。だがそれよりも早く、木が軋む音と共に扉が開いた。その先にいた長身の少女と、魔理沙はバチリと向かい合ってしまった。魔理沙は八卦路を取り出して身構えたが、緑のリボンを頭に付けた少女は首を傾げたまま何もしない。魔理沙は、目の前の少女のぼんやりとした表情を見て咄嗟に一計を案じた。
「にゃーん。私と一緒に遊ぼう」
 魔理沙は床に寝転がり、少女の足元に擦り寄った。
「ん? 新しく妖怪になった猫さんかな?」
 少女はするりと屈み込み、床でごろごろ転がる魔理沙を両手で豪快に持ち上げた。魔理沙は腋を抱えられ、だらしなく足を曲げたまま少女に正対した。八卦路を握った手は少女に見えない角度に変えて。
「妖怪になったら一人で何でもしなきゃダメだよ? さ、あっちへ行って遊ぼう」
 少女の手で、部屋の出口が再び遠のいてしまった。

 少女に促されるまま、魔理沙は動物たちと相撲や駆けっこに勤しんだ。だが一向に解放してくれる気配がない。
「そろそろ帰ってもいいか?」
「帰るってどこへ?」
「あ、いや、えーと、そう、『替わってもいいか』だ。外の見張りもさぞ退屈していることだろう」
 部屋に充満した動物の匂いと服のあちこちに付着した動物の毛に、魔理沙はいい加減くらくらしてきた。
「こらおくう! また部屋を散らかしっぱなしにして!」
 その時、勢いよく開け放たれた扉に合わせて甲高い怒声が飛び込んできた。リボンの少女はその場に直立して固まった。魔理沙は心臓が飛び出そうになったがすぐに頭を冷やすと、少女と背中を合わせるようにして立ち上がり、大柄の少女を柱にして身を隠した。
「ごめんなさい。今すぐ片付けます」
「もう、ちゃんと綺麗にするのよ。また後で来るから」
 魔理沙は息が上がりそうになるのを必死に堪え、事の推移を肌で見守った。扉の動く音が静かに響く。もうすこし。魔理沙は頭の中でただただそれを繰り返した。
「じゃあまずこのクッションから」
 その瞬間、背にしていた少女が不意にしゃがみ込んだ。
「あら?」
 魔理沙の背中が急に涼しくなった。

 魔理沙はうつほとお燐に両腕を掴まれ、耳元でさとりに恥ずかしいことを囁かれながら外へと連行された。
「すまん、ああ、もう許してくれ」
 外へ出て地底の風を浴びた魔理沙はすっかり憔悴していた。
「やいシーフ! もう来るな!」
「そうだそうだ!」
 うつほとお燐は生き生きと飛び跳ね、ここぞとばかりに罵声を浴びせた。それを見たさとり、二人の背後に回るとそれぞれの肩にポンと手を置いた。
「一緒に部屋にいた貴方たち、後で大事なお話がありますからね」

  おわり


『ウシ小屋にいる牡ジカ』より