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すれ違いが曲がるとき


 チルノは山へ続く小さな森で大柄の少女に出会った。その少女が右手に角ばった筒を装着しているのを見て、チルノは「それほしい」と指差した。少女は「ダメだよ」と筒を左手で抱きかかえた。
 少女が身につけているものにチルノは多大な興味を示した。右足に履いているゴツゴツした靴状の塊を叩いてみたり、マントの奥に見える星空に手を伸ばそうとしてみたり、至るところにちょっかいを出した。少女もまんざらでもない様子で「やめて」と笑った。

 数日後、同じ森で二人はまた遭遇した。目を合わせた途端、互いが「あ」と口元を緩ませた。
 二人は並んで山へ歩き、麓の岩場に腰かけた。そうして、それぞれが思うことを何でも語り合った。
 大柄の少女は、山でたびたび仕事をしていると言った。チルノが何の仕事かと問うと、少女は腕を曲げて右手の筒をチルノに差し出した。チルノは首を傾げながら、ただ「すごいね」と言った。
 空が赤く染まるまで二人は熱心に話し込んだ。チルノはふと「今日は仕事無いの?」と問うた。少女は目を丸くして「あ!」と声を上げ、座っていた岩から地面へ降り立ち、足元を蹴って夕焼けに飛び立っていった。チルノは少女が消えていった先を眺めた。


 ある日、いつものように岩場で話しているとき、仕事場に来ないかと少女が誘った。
 チルノは草をかき分ける少女の後をついていった。二人がいた場所からそう離れていない紅葉の奥に、紫色の巨大な円筒がひっそりと存在感を示していた。少女が小さな丸い出っ張りを押すと、金属音と共に引き戸が開いて二人が広々と入れるほどの空間が姿を現した。少女が平然とその中へ立ち入るのを見たチルノは、辺りを忙しなく見回しながらそろそろと後に続いた。チルノが中へ入った瞬間に、ガタリと音を立てて引き戸が閉じた。チルノは思わず「わ!」と叫んで扉の方を振り向いた。そうしている間に、二人がいる空間がガタガタと揺れ始めた。チルノは胸を張りながらら、少女の手を強く握った。
 再び扉が開いた時には、外は緑の無い無機質な空間に変貌していた。不可思議な紋様が描かれた壁が黄色に点滅するのを、チルノは口が開いているのもお構いなしに注視した。少女が「こっちへおいで」と促しても暫くは上の空だった。

「ここで何をするの?」
 チルノは黒光りする足元をちらちらと見ながら、広大な空間の中心に立つ少女に問いかけた。
「核融合だよ」
 二人の声はその都度壁に反響した。
「じゃ、今から始めるから、そこで待っていて」
 少女は部屋の奥にある銀色の扉に手を掛け、重厚そうにそれを開けて暗い通路へと吸い込まれていった。チルノは何もない広がりに一人残され、地面に座り込んだ。
 少しばかり待っていると、周囲の壁の光が突如として赤に変色し、先ほどよりも慌ただしい点滅に変わった。チルノはその場に立ち上がり辺りをぐるりと見回した。
 不意に、チルノは自分の掌を見た。ぐっしょりと湿っていた。程無くして、チルノは全身から滝のような汗を流し始めた。暑い暑いと激しく回転してもがきだすチルノをよそに、チルノの水分を根こそぎ奪う勢いで液体が流れ出ていった。

 鉄の扉が開いて少女が顔を覗かせた。壁は既に元の黄色い点滅に戻っていた。
「どう? 暖かくて気持ちよかったでしょ」
 少女は軽快な口調で周囲に呼び掛けた。だが少女が探している人物はどこにも見当たらない。その時、少女は足を滑らせてその場に盛大に転んだ。背中を擦りながら起き上がって足元を見てみると、そこには青いワンピースと青いリボンが置かれていた。少女は一度首を傾げたが、みるみるうちに少女の顔が青ざめた。
 その瞬間、壁のエレベーターがけたたましく開き、深緑の帽子をかぶった青髪の少女が血相を変えて駆け寄ってきた。
「こらうつほ! 炉内の水蒸気量が異常値を示しているじゃないか!」
 帽子の少女はうつほと呼ばれた少女の頭をポカリと叩いた。うつほは反射的に頭を押さえた。
「もう今日はいいよ! 外で頭を冷やしてきな!」
 帽子の少女はうつほの左手をきつく掴んでずるずると引っ張り始めた。うつほは暫く目をぱちくりさせていたが、エレベーターに引き摺り込まれた頃になると天を見上げて大粒の涙を落とした。帽子の少女はまた水蒸気が増えるとどやしたが、うつほが尋常でない声を張り上げて泣き叫ぶので、ごめん私が悪かった言い過ぎたとうつほの頭を撫でた。うつほは帽子の少女に寄り添い、なお涙を流した。帽子の少女は硝煙の匂いがした。

 扉が開く音がしても、うつほは帽子の少女から離れようとしなかった。そのとき、帽子の少女が「あ」と間抜けな声を上げた。うつほはしゃくり上げながら涙を拭って、帽子の少女の目線を辿った。そこには、青髪青リボンの少女が得意げに腕を組んでいた。
 うつほは帽子の少女を押し退けて青リボンに近寄り、両手できつく抱きしめた。青リボンは「どうしたの? 苦しいよ」と言いながらうつほに抱きついた。
「どうしてここにいるの!?」
 うつほは青リボンの両肩を持って表情を確かめた。
「いやー、外に出たらちょうどよく冷えていたからさ」
 青リボンは頭を掻きながら軽い調子で答えた。それを見たうつほは再び青リボンを抱き寄せ、ごめんねと言いながら顔を摺り寄せた。
「あんたら。金輪際、融合炉で遊ぶな」
 そのとき、二人の背中に冷ややかな声が浴びせられた。

  おわり


『ネズミとカエルとタカ』より