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説教より証拠


 映姫は生い茂る草木をかき分けて地底への入口を目指した。すると、前方から何やら楽しげな子供の声が聞こえてきた。茶色い岩肌にぽっかりと空いた穴へ到達すると、その中では何十もの妖精たちが跳ね回っていた。映姫は暗がりへ足を踏み入れた。
「貴方たち。己に宿る自然から離れたところに留まるのはお止めなさい」
 妖精たちは一瞬ちらりと映姫を見たが、何事も無かったかのように再び飛び回り始めた。映姫はそれきり何を言うわけでもなく、妖精たちの近くに佇んだ。
 そのとき、岩の天井から黄土色の物体が勢いよく落下してきた。洞窟に響き渡る衝突音に、妖精たちは一斉に振り向いた。両手を広げても抱えきれなさそうな大きさの桶が、妖精たちの目の前で砂埃を上げていた。
 すると、桶の縁に青白い手がにゅっと伸びてきた。さらにその直後には、緑髪を左右に束ねた白装束の少女が顔を出した。少女はぎょろぎょろと辺りを見回して、手近な妖精に視点を定めた。そして突然、少女は激しく飛び出して妖精を両手で捕まえ、瞬く間に桶へと引き摺り込んだ。捕えられた妖精は悲鳴を上げてもがいたが、その甲斐も無く体全体がすっぽりと桶に収まってしまった。間髪入れず、少女たちを乗せた桶は突発的な上昇を始め、妖精の絶叫と共に天井の割れ目に消えていった。
 辺りは嘘のようにしんと静まり返った。残された妖精の群れは魂の抜けた顔で天井を見上げていた。まだ傍にいた映姫は妖精たちにぽつりと呟いた。
「どうしますか?」
 少しの間の後、妖精たちは堰を切ったように入口へなだれ込んだ。妖精が妖精を押しのけ押しのけ、外へ出た妖精たちは蜘蛛の子を散らすように飛び去っていった。

 風通しの良くなった洞窟内に、映姫は少し息を洩らして妖精たちがいた方を見た。そこにはまだ三匹の妖精が立ち尽くしていて、悲しげな目で上を見つめていた。
 映姫はその妖精たちと同じように天井の割れ目を見据え、軽く地面を蹴って飛び上がり、亀裂の中へするりと潜った。中は真っ暗だったが映姫は妖精の波紋を感じ取り、波長の主を右手で掴むと素早く身を翻した。
 下にいた妖精たちは降りてきた映姫らを見て小さく歓声を上げた。映姫に手を引かれた妖精はふわりと地面へ降ろされ、仲間たちと輪になって喜びを分かち合った。映姫はそれを見て何を思うわけでも無く、くるりと背を向けて地底の奥へと歩いていった。

  おわり


『カニとその母親』より