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チルノ姫、度胸を求める時代に己を売る


 チルノは、何やら地底に心を読む妖怪がいるらしいとの話を耳にしました。
「ではあたいも試されてみようか」
 チルノは、威勢よく地底に飛び込みました。

 立ちはだかる地底の妖怪たちを退け、チルノは地霊殿の正面に辿りつきました。大きな扉の前に立ち、ドンドンドンと叩いて人を呼びました。中からバタバタと足音が聞こえたかと思うと、ギイと音を立てて扉が開きました。扉の向こうには、赤髪を三つ編みにして猫耳を生やした少女が待ち構えていました。
 チルノは言いました。
「心を読む妖怪に面会したい」
 猫耳は言いました。
「ではこちらへ」
 チルノは猫耳の後ろに生えた二本の尻尾をしげしげと眺めながら、その後をついていきました。

 チルノはとある扉の前へ案内されました。その扉は、吸い込まれそうな深い茶色をしていました。猫耳は足早に去っていきました。
 チルノは先ほどのように扉を叩きました。その音は廊下に響き渡りました。
「どうぞ」
 中から声が聞こえました。チルノはドアノブにそっと手を伸ばし、ゆっくりと扉を開けました。
 中を覗くと、大きな机の向こうに水色の服を着た少女がちんまりと立っていました。チルノは、寺子屋の小さな子供たちを思い出しました。
 少女が言いました。
「余計な妄想は慎みなさい」
 チルノはあっ、という顔になりました。それからできるだけ締まった表情を作り、ずいずいと少女の方へ近づきました。それを見て少女が言いました。
「あなたの考えなんて筒抜けよ」
 チルノは胸を張って言い返しました。
「ならば、あたいの心を読んでみよ」
 一瞬、少女の三つの目が真ん丸になりました。けれどもその直後に、少女の第三の目がチルノを完全に捉えました。暫しの無言が部屋を包みました。
 少しの間の後、少女がきりりとした表情で口を開きました。
「その言や善し」
 チルノは少女に迎え入れられました。


 チルノは、地霊殿で他のペットと共に暮らすことになりました。暫く生活しているうちに、チルノは同じペットの地獄鴉と仲良くなりました。名をうつほと言いました。チルノは、うつほに何か惹かれ合うものを感じました。
 ある時、うつほがチルノを誘いました。
「灼熱地獄跡の管理を手伝ってくれないか」
 チルノは訊きました。
「熱い?」
 うつほは頷きました。チルノは腕を組んで何やら思案した後、うつほへついていくことに決めました。

 チルノはうつほの先導で地底の奥深くを進みました。しだいに、暑苦しい空気が身体に纏わりつき始めました。
 そうして灼熱地獄跡に到着しました。チルノは全身から汗を流していました。
 うつほが真ん中に溜まった黒い煤を指差しました。
「あそこのゴミを片付けてほしい」
 チルノは「応」と返事して、勢いよく真ん中へ飛び込みました。その時、何かの間違いか、灼熱地獄跡に大きな火柱が上がりました。
 うつほは手で口を覆い身体を震わせました。火柱が消えると、もうそこにチルノの姿はありませんでした。

 チルノは気体になって、地底をふよふよと漂い始めました。そこから自然の流れに沿って、地上へと舞い上がっていきました。
 地上にはちょうど良い日光とほど良い湿り気がありました。気体のチルノはそれをいっぱいに浴びて、やがて元の姿へと戻りました。
 チルノは手を握ってみました。空気を掴みました。それから弛緩した顔を地底に向け、独り言のように呟きました。
「疲れたからもう帰ります」

  おわり


『ライオンとネズミとキツネ』より