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幽々子と二人の小動物


 森の中は真夏の日差しもだいぶ和らいで、緩やかな風が辺りを流れていた。並んで歩くミスティアとてゐは、軽い足取りで心地よいひとときを楽しんでいた。
 そこへ前方から、抜けるような空色の着物を身に纏う桃色髪の少女が、ぼんやりとした幽霊たちを携えてゆったりと歩いてきた。ミスティアとてゐは目をまん丸にした。てゐは驚きもそこそこに近くの茂みへと逃げ出したが、ミスティアは体が固まって動くことすらできなくなった。
 前方の少女、西行寺幽々子と目が合った。幽々子が足をこちらに向ける。扇子をぱたぱたさせながら、ジワジワとミスティアに接近してくる。ミスティアは胸が押しつぶされそうになって、けれども何もしないわけにはいかなくて、とにかく死んだみたいにその場に倒れてみた。
 幽々子がミスティアの前で立ち止まり、小の字で倒れる夜雀を不思議そうに眺めた。それからミスティアの右横に移ってその場に屈み、ミスティアの顔に口元を近づけた。ミスティアはその様子を薄目で見てしまい、全身が真っ青になった。
 幽々子はさらに唇を寄せて、舌をにっと出し、その先端で右の頬をツン、とつついた。ミスティアは鳥のくせに鳥肌が立った。それから身を乗り出してぺろり。左の頬も嘗めた。
 だが幽々子はそれっきりで、ミスティアに何事かを囁いてからその場を去った。

 幽々子が消えてから暫くして、漸くてゐが戻ってきた。ミスティアは未だに死んだふりを続けていた。
 てゐは、すっかり恐怖が顔に張り付いたミスティアをとりあえず起こし、落ち着いたところを見計らって尋ねた。
「あの亡霊に何か言われた?」
 ミスティアは全身の震えが止まらなかったが、てゐの方を強く見つめて答えた。
「『危ないときに見捨てちゃう人妖と、一緒にいてはいけない』って」

  おわり


『クマと2人の旅人』より