アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

ひとりぼっちの日


 来る日も来る日も甘ったるい生活を続ける天界にうんざりした天子は、気晴らしに博麗神社へと降り立った。
「へん! 相変わらずみすぼらしい境内ね!」
 手始めに配慮の無い叫びを飛ばしてみせる。辺りは風に揺れる木々の音が響くばかりで、何の返事もない。
「留守かしら」
 天子は賽銭箱の脇から階段を上り、そっと拝殿を覗いた。板の間はがらんどうで誰もいない。
「やい! 貴方の神社、ホコリ臭いわよ!」
 天子の声は柱や壁にいたずらなる反響を残した。期待した反応は返ってこない。
 続いて天子は神社の裏庭に回り、靴のまま縁側に寝そべった。薄い染料を零した青空に、捉えどころのない雲がのんびりと流れていく。どこからか小鳥の鳴き声が聞こえる。
 天子は帽子を外し、静かに目を閉じた。


 頬を撫でるひんやりとした風に、天子は目を覚ました。空は蜜柑色に染まっている。周りには相変わらず誰もいないが、ふと柔らかい手触りを感じる。いつの間にか、天子の体に紅色(べにいろ)の毛布が掛けられていた。
 天子は背骨が離れそうなぐらいに伸びをして、ゆっくりと起き上がり、枕元に置いてあった帽子へ手を伸ばそうとした。天子は青ざめた。黒い帽子の日よけに付いている小ぶりの桃に、米粒みたいな幼虫がびっしりとくっついている。
 天子は魚みたいに口をパクパクと動かしていたが、やがて正気を取り戻すと力一杯に声を張り上げた。
「ちょっと衣玖ー! 衣玖ー!」
 天子の叫びは夕焼け空へ消えていった。そして、誰も来る気配がない。天子は虫たちが蠢く帽子を呆然と見下ろした。
「こんなことですら助けに来られないんだったら、いざというときどうするつもりなのかしら」

  おわり


『ノミと格闘家』より