アンコーハウス - 東方伊曽保物語まとめサイト -

真冬の花畑


 大荒れの吹雪の中、リリーホワイトは暖かいところを求めて彷徨っていた。なだらかな坂を上っていることはかろうじて把握できるが、余りの雪の濃さに、自分が一体どこにいるのか全く分からない。頭や体のそこかしこに積もる雪の冷たさに意識がぼんやりとするが、ひと匙ほどの気力を振り絞り、歩みを続ける。

 坂のてっぺんまでたどり着いた時、どうしたことか、あれほど猛々しく襲いかかっていた吹雪が、ぴたりと止んだ。リリーは服に付いた雪を袖で払い、目をこすり、前方をまじまじと見つめた。リリーの前面には、地を覆い尽くすほどのひまわりが、我も我もと競うように咲き乱れていた。リリーは呆気に取られ、気が付くと、リリーの体は花畑に向かってひとりでに歩んでいた。
 リリーは、小柄な自身よりもはるかに背の高いひまわりに埋もれて、辺りを見上げた。ひまわり畑の至るところでは見知らぬ妖精たちが戯れている。リリーを囲むように咲くひまわりたちは、まばゆいほどの鮮やかさを以て妖精たちを受け容れている。風が吹くとひまわりたちは順々にお辞儀をして、艶めかしげに腰を揺らす。ひまわりの一輪が、リリーの顔をチラリと見た。
 リリーは、春になるまでここで過ごすことに決めた。


 リリーはひまわりの根元で目を覚まし、寝床にしているふかふかの黒土をちょっぴりつまんだ。土の一粒一粒から、蓄えられた養分が波のように伝わってくる。春だ、とリリーは気づいた。そう思うや否や、リリーは地面を蹴って真上に飛び上がった。
 寒さはまだ残るものの、辺りを包む日光は柔らかく、どこからか春の鳥の麗らかな鳴き声も聞こえてくる。リリーが上昇を続けるにつれ、ひまわり畑がぐんぐん小さくなっていく。そのとき、リリーは両足を糸で引っ張られたかのように勢いを殺された。必死にもがいてみるが、どうやってもこれ以上ひまわり畑から離れられない。この見えない力を無理にでも引き離そうとすると、足首が千切れそうな痛みに苛まれた。
「それはね、あなたの“根”が張っているからよ」
 空中で両手をばたつかせていると、どこからか妖精がやってきた。その妖精は、見覚えのある真っ白の衣服を纏っていた。
「貴方は花畑の魔力に中(あ)てられて、花畑の誘惑に負けて、この地に居ついてしまった。
 貴方、自分の装束を見て」
 リリーは、両手の袖を恐る恐る顔の前に持ち上げた。自慢だった純白の絹は、底が見えないほど漆黒に染まっていた。
「もう、貴方はあの楽園から逃れられないわ」
 白服の妖精はリリーに近づき、華奢な指でリリーの頬をそっと撫でた。
「かわいそうな子。今年からは私が“リリーホワイト”をやりますね」
 その瞬間、リリーの視界は蝋燭が消えたように閉ざされ、リリーの体は真っ逆さまに落ちていった。

   *

 轟々と響く吹雪を遠くに聞きながら、リリーホワイトは洞穴の中で目を覚ました。外は明らかに冬、まだ春には程遠い。リリーはもう一眠りしようと寝返りを打ち、岩肌を薄目で見ながら息を吐くように呟いた。
「私はいくつ?」

  おわり


『ヒツジ飼と海』より