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猛反発秋姉妹


 穣子は涼しげな風に撫でられて目を覚ました。落ち葉で編んだ布団を脇にどけ、手際よく衣服を着替える。最後に深紅の帽子をしっかり被ると、颯爽とあばら家を飛び出した。
 空は抜けるような青さを湛えていた。なんてったって豊穣の季節である。穣子は自然、軽い足取りで、山の果樹林へと向かった。

 鬱蒼と生い茂る林野を抜けた奥地の斜面に、リンゴやブドウの木が群生している。だがそこへ辿りついた穣子は呆気にとられた。綺麗に実を付けた木々には、鳥や虫や新聞記者が群がっていた。
 穣子は暫くぼんやりとその光景を見つめ、ふとした拍子で我に返ると急いで踵を返した。

「お姉ちゃん! 早く起きて!」
 穣子は藁づくりの自宅へ戻ると落ち葉にくるまる静葉を叩き起こした。
「果樹園が襲われているの!」
「このままじゃ全部食べられちゃう!」
「お姉ちゃんも手伝って!」
 穣子は寝ぼけ目を擦る静葉に捲し立てる。静葉は「はいはい」と力無く頷いた。

 静葉を引き連れた穣子は、目をギラギラとさせて果樹林へ戻ってきた。果物には相変わらず鳥たちが集まっている。
「お姉ちゃん! あいつらより先に全部収穫しましょう!」
 穣子はそう言うと静葉の反応も待たず、手近な木へ飛び上がった。穣子が実をもぎり、下で待つ静葉に投げ渡す。そうしている間にも、鳥や虫は次第に数を増やしていた。
「間に合わないわ! お姉ちゃんも集めに行って!」
「え」
 機敏に動く穣子とは裏腹に、静葉は何とも気乗りしない様子で付き合っていた。静葉がためらいがちな視線で木の上へ訴えかけるが、穣子は取り合おうともしない。
 静葉は渋々、リンゴの木に近づくと、一番下の実にそっと手を伸ばした。白く細い指が真っ赤な丸い実に迫り、ツンと触れ合った。その瞬間、触れたところの枝についていた葉がはらはらと落ちていった。やがて全ての枝から葉が一斉に千切れていき、目の前の木は瞬く間に寒々しい変貌を遂げた。それだけにとどまらず、周りの木も競うようにして葉を枯らし、果樹林の一帯は緑の落ち葉で埋め尽くされた。
「ちょっとお姉ちゃん! 何しているの!」
 ぼんやりと枯れ木を見上げる静葉に穣子が慌てて駆け寄る。静葉は、鳥も虫もいなくなった木の枝の一点を見つめたまま答えた。
「ごめんね穣子。私は秋を終わらせる神なの」

  おわり


『ライオンとイルカ』より