理想主義者と経験者
白蓮が落とし穴にかかった。白蓮は尻餅を付いた体勢のまま、穴の底から薄暗い森の木々を見上げた。 暫くすると、どこからか落ち葉を駆け足で踏みしめる音が聞こえてきた。その足音は穴の前で止まり、白く長い耳を付けた制服の少女が恐る恐る顔を覗かせた。白蓮はその少女の手を借りて穴から抜け出した。 「ごめんなさい。この穴を作ったやつにきつく言っておきます」 服に付いた砂埃をサラサラと払っていると、耳の少女は白蓮に向かって深々とお辞儀をした。白蓮はそれを両手で制した。 「いえいえ。その子は淋しかったんでしょう。優しくしておやりなさい」 少女はぽかりとした表情で面を上げ、それから少し目の色を曇らせた。 「あの子を許してやったところで、もう一度落とし穴に嵌められるだけですよ」 おわり 『イヌに噛まれた男』より