持つ者持たざる者
紅い壁と紅い絨毯に囲まれた一室で、雲のような白い椅子に腰かけたレミリアは純白のテーブルクロスに置かれたカップを手に取り、少し口に含んだ。テーブルの中央には、小さな花瓶に活けられたコスモスが控えめに添えられていた。 ふと、硝子を叩く軽い音が部屋に響いた。レミリアが右側の窓を振り向くと、青空を背景に漂う金髪の子供が中を覗き込んでいた。レミリアはカップを置いて右手の人差し指を窓に構え、指先から小さな赤い弾を放った。栗の実ほどの球体は直線を描き、窓の真ん中にある鍵を弾いた。上下に動く仕組みだったその窓は、ガラガラとけたたましい音を立てて桟に落下した。金髪の少女は一瞬目を見開いたのち、ふよふよと部屋の中へ入った。 レミリアは何も言わず、黒い上下を纏う少女の動きを注視した。すると少女はレミリアの横まで近づき、懐から一枚の紙を取り出した。 「見て見てこれ、貴方と同じ」 しわくちゃになった縦長の白い紙には大きく“夜符”と書かれていた。 「そのようね」 床に向かってぽつりと呟いたレミリアはやおら椅子から立ち上がり、少女の顔に迫った。 「それなら、同じ夜符を使っているお前には、いったい何の取り柄があるのか」 鼻が付きそうなほどに接近された少女は物怖じせず、首を傾げて考える素振りを見せながら答えた。 「うーん、そういうのは気にしていないよ」 「お話にならないわね」 レミリアは少女から顔を離すと、再び椅子に腰かけた。その顔色はどこか得意げだった。 「ねえ」 今度は少女がレミリアの顔を覗き込んだ。 「貴方の夜符が見たいからさ、散歩に行こう?」 レミリアは、少女の奥に見える窓の外を確かめた。先ほどと変わらず燦々とした日差しが辺りに降り注いでいた。 「今はそういう気分じゃないわ。夜に出直してきなさい」 少女は「ふーん」と洩らしつつ、スペルカードを衣嚢に仕舞って窓から部屋を出た。 夜になって再び館を訪れた少女は、約束通りレミリアを外へ連れ出した。 湖は満月の光を浴びて金箔の輝きに満ちていた。二人はその畔に並んで立ち止まり、互いに目を見合わせた。 「よく見ていなさい」 レミリアはそう言ってから、紅く輝く札を正面に掲げた。その瞬間、レミリアの周囲に紅の光が円筒状に展開された。あまりの眩しさに少女は目を覆った。レミリアは間髪入れず、地面を蹴り月に向かって飛び上がった。湖の上空に真っ赤な虹が架かった。 暫くののち、レミリアは湖上を滑空して少女の下へ戻ってきた。少女はただただ感嘆の声を上げた。レミリアは一層満足げな表情を浮かべた。 その時、少女の頭上にぽつりと何かが落下した。 「雨?」 少女は反射的に声を上げた。それを聞いたレミリアは急に顔を強張らせ、周囲をきょろきょろと見回してぐるぐると歩き始めた。 「どうしたの?」 「これで満足でしょう? 今日はもう帰るわ」 レミリアは慌てて捲し立てた後、この日一番の速さで館へと飛んで行った。 レミリアが去って少しすると、湖はざあざあ降りの雨に包まれた。少女は雨を避けるわけでもなく降りかかるものを一身に浴びながら、お気楽な表情で湖面を眺めた。 おわり 『モミの木とイバラ』より