チルノのお見舞い
チルノは湖に立ち寄って野生の花をせっせと集めた。畔に咲いているのはどれも小ぶりの花ばかりだが、それでも片手に余るほど集めて一つの束を作り、一本の茎でそれを括った。そうして色とりどりのささやかな花束ができあがった。 不意に風が吹き、小さな花束が飛ばされそうになったのをチルノは必死に握り締めた。風に舞い上がった落ち葉が顔に当たった。 チルノは、アリスが風邪で寝込んでいると聞いてお見舞いに向かおうとしていた。森の中を進むチルノの頭の中では、アリスに歓待されて御馳走を振る舞われる光景が浮かび上がっていた。 アリスの家に着いたチルノは、礼儀を意識して正面玄関の戸を二回叩いた。少しの間を空けて扉が開いた。扉の先に人影は無く、入るべきかどうか迷った。だがよく見ると玄関先の床で、金髪の人形が手を前に組んでチルノを見上げていた。その人形はクイクイッと手を動かしたので、チルノは家の中へ足を踏み入れた。小さな人形の背中を追いかけながら、この子を自分のものできたらどんなに楽しいだろうと想像した。木の床は少しひんやりとして気持ちがよかった。 人形の先導で、チルノは奥の部屋まで歩いていった。半分開いていた扉から顔を覗かせると、部屋の右端に置かれた純白の寝台に金髪の少女が横たわっていた。少女アリスはカーテンが揺れる窓の方をぼんやりと眺めていた。チルノは顔を突っ込んだまま、アリスが気づくまで様子を見ることにした。だが次の瞬間、窓の外を見たままのアリスに 「早く入っていらっしゃい」 と促されたので、照れ笑いを浮かべつつ扉を完全に開けた。 アリスは特に何もないといった振る舞いで風に靡いていた。実際にチルノが見たところでも、頬がぽうっと赤みを帯びている以外に目立った不調は見受けられなかった。チルノはこのとき、病人にかけるべき言葉を失念した。チルノを不思議そうに見つめているアリスを前にますます焦りながらも、うんうん唸って言葉を絞り出した。 「大丈夫?」 そう言いながらチルノは持っていた花の束を渡した。 「これどうしたの?」 「病気の人には花束をあげるといいって」 「そう。ありがとう」 アリスは穏やかに微笑み、アリスの掌ほどの大きさである花の束を両手で大事そうに抱えた。程無くして小さな硝子の瓶を持った人形が現れ、アリスはその花たちを挿して部屋の隅に飾らせた。 「何かしてほしいことはある?」 余裕の出たチルノは人間に教えてもらった定型句をようやく思い出し、それを活用した。アリスは腕を擦りながら、控えめに笑みを浮かべてチルノを見た。 「そうね、もう十分嬉しいわ。 寒くなるから今日は早く帰りなさい」 おわり 『ネコとニワトリたち』より