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互いを獲物にとる者たち


 早苗は信仰獲得のために人里へ赴き、家々に祈祷をして回った。そうして夜が深まった頃、力を使い果たして疲れ切った早苗は暗い暗い帰り道をとぼとぼと歩いていた。月は殆ど見えないぐらいに欠けていて、いつにも増して濃い暗闇が辺りを覆っていた。
 畦道を歩いていると草原の横っちょから、両手を広げた金髪の少女がふよふよと飛んできた。早苗は振り向く気にもなれず、その少女を目で追った。少女は早苗の正面で止まり、爪先から地に足を付けて手を下ろした。
「あなたは人類?」
 背丈の小さなその少女は早苗を見上げ、首を傾げて問いかけた。早苗はその言葉に何か物足りなさを感じたが、とにかく適当にあしらおうと思った。
「そうですよ」
 その瞬間、少女の目が紅く光った。それを見て早苗がはっとするよりも早く、少女は大口を開けて早苗の右手に飛びついた。早苗の五本の指の、第二関節辺りまでがすっぽりと少女の口に収まった。
 早苗は慌てて懐のスペルカードを左手で取り出した。だが霊力が尽きていた早苗はただの一つも弾幕を放てない。仕方がないので手を引っ張ったが、固く吸い付いた少女の口は一向に開かない。早苗は、このままでは指が無くなってしまうのではないかといよいよ恐ろしくなり、無我夢中で右腕を上下に振った。激しく振り回された少女も必死に食いついて離さない。結局、早苗の体力が空費しただけであった。
 ふと早苗は、咥えられた右手に全く痛みを感じないことに気づいた。少女は無心でしゃぶりつくばかりであった。早苗はちょっとだけ安堵した。だが今度は、こんな低級妖怪の恣(ほしいまま)にされていることが堪らなく情けなくなった。
「お願いです。離してください」
 早苗は弱々しく声を上げた。少女は振り向こうともしない。早苗は、どうしてこんなちびっ子へ必死にお願いしなければいけないのかと、目頭が熱くなるのを感じた。
「いつか絶対に仕返しをしますよ。いいんですか?」
 早苗は涙で顔をくしゃくしゃにしながら少女の頭をペチペチと叩いた。それでも少女は早苗を見ようともしない。

 涙が枯れても少女はまだ指を咥えたままだった。ずっとそうされていたものだから、早苗は妖怪に食いつかれているのもだんだん苦にならなくなってきた。早苗は少女の頭のてっぺんを見た。よく見るとかわいらしい妖怪ではないか。
 早苗は星空を見上げて大きく息を吸い込み、少女を片手にぶら下げたまま神社への帰路を辿った。

  おわり


『ブドウの木とヤギ』より