諏訪子を捕まえるチルノ
一匹、またもう一匹。チルノはホイホイとカエルを土手に投げ集める。湖から時折岸辺を振り返っては、積み上がった緑の塊ににんまりとするのであった。 暫くそうしていると、なにやらワサっとしたものに手が当たった。夢中だったのでそのまま掴もうとしたが、チルノの手に入りきらない。 ようやくその方を直視してみると、円筒の麦わら帽が目に映った。洩矢諏訪子が肩まで水に浸かっていたのだ。 「カエル?」 ポッと頭に浮かんだことをそのままに尋ねる。 「うんそうそう。それじゃ、私の仲間を返してもらおうかー」 言い終わらないうちに、諏訪子は岸辺へと泳いでいった。 「あ! 待てカエル!」 カエルの山まで目と鼻の先といった諏訪子に気付いたチルノは、水面を跳ねながら慌てて追いかけた。 「だめだよ。カエルは逃がすよ」 諏訪子はチルノを片手で抑えながら淡々と告げる。苦労の結晶が今にも崩されそうになって、チルノは目に涙をいっぱい浮かべていた。 「待っで、やめてよう」 だがあんまりにもチルノが嫌がるものだから、諏訪子はなかなかカエルを戻そうとしなかった。 チルノが落ち着きを取り戻した頃、諏訪子がうつむくチルノの顔を覗き込んで切り出した。 「じゃあこうしよう。 私が捕まってあげる代わりにこのカエルたちは逃がしてよ。いい?」 チルノはぽかんと口を開けて、諏訪子の顔を見て、言われたことを考えて、目を丸くした。 「いいの?」 「いいよ。そうと決まったら早く逃がそうよ」 こうしてチルノ山は取り壊された。けれども、チルノは始終口角を上げたままだった。 カエルを投げ戻す作業が終わった。それからチルノは、諏訪子に貰った細い綱を諏訪子の左手首に、ぎこちない手つきで巻きつけた。 「これでいいの?」 諏訪子は手首をチラリと見た後、穏やかな表情のままチルノに目線を遣(や)った。 「うんオッケー」 「ねえねえ! どこいく、どこいく?」 初めてのペットを得たと思ったチルノはとびきりの笑顔で、ぴょこぴょこと跳ねながら諏訪子に尋ねる。 「いい景色を知っているよ」 このとき、諏訪子は、初めてはっきりと笑みを浮かべた。 チルノは、若草色の山道をずんずんと歩きながら、妖精歌謡曲を歌ってみせたりなんかした。そして、右の傍らに附いて歩く諏訪子を、目と手の感覚で確かめながらにっこり笑う。 山の妖精が物珍しそうに近づいてくる。その度に、チルノは自慢げに胸を張って歩くのだった。 夢中で話しているうちに2人はいつの間にか石段を上り始め、そして登り切っていた。 「さあ着いたよ」 鳥居をくぐった辺りで、前を向いたままの諏訪子がそう告げた。それからチルノの方を向き直って、 「後ろを見てごらん。辺りがよく見えるでしょ?」 と、チルノの左後ろを指差した。チルノは綱をぎゅっと握り直して後ろを振り返ると、薄暮に照らされた草原と森が一面に広がっていた。 「わあすごい!」 「さ、喉も乾いただろうし、中へ入りなよ」 諏訪子の手招きにつられるまま、チルノは諏訪子の影を追いかけた。東の空は藍色に染められようとしていた。 チルノはおつかいを頼まれた。なんでも茶葉を切らしたそうだ。 早苗の先導で人里をのんびり歩く。道行く人はチルノたちを横目で見た後、何事も無かったように目線を逸らす。 「お散歩は楽しいですか?」 柔らかい表情を帯びた早苗が目をきらきらさせて尋ねる。神社を出たときからずっとこんな調子である。 チルノは、手首に巻かれた綱にちょっと目を遣(や)ってから、早苗に顔を向けて、 「楽しいよ!」 と元気いっぱいに答えた。 おわり 『イナゴを捕まえる少年』より