咲夜の見解
いつものキッチン、いつものティーセット、そしていつものご主人様。十六夜咲夜は今日も紅魔館の世話を続けていた。 ふと窓の外が気になった。そのとき緑色の剣士と緑色の巫女が、一直線に前を横切った。咲夜は硝子窓に顔を近づけ、二人の姿を目で追った。 ある日、咲夜は人里まで買い出しに出かけた。すると、店が立ち並ぶ十字路で、何やら話し込んでいる妖夢と早苗を発見した。 咲夜は不敵な笑みを浮かべ、二人に近づいた。 「こんにちは貴方たち。この前の異変では立派だったわね」 妖夢と早苗は同時に振り向き、同時に照れくさそうにした。 「でもね」 咲夜は真剣な眼差しを作った。 「異変解決なんてただひたすら苦労するだけよ」 妖夢と早苗は目を見合わせてから、鋭い目線で咲夜を突いた。咲夜は構わず言葉を続けた。 「だって結局のところ、異変解決の主役は紅白巫女と魔法使いでしょう? そこに加わったところで、彼女たちのお膳立てにしかならないのよ」 二人は険しい表情のままだったが、時折頷く素振りを見せた。 「意味が無いとは言わないわ。けれども、よく考えた方がいい」 咲夜はそう言い残し、すたすたとその場を離れた。ちょっと後ろを振り返ってみると、妖夢と早苗が難しそうに首を傾げていた。 深い霧が紅魔館を覆ったある日、咲夜は主に呼び出された。 「湖の妖怪が煩わしいわ。掃除して頂戴」 その一言に咲夜の心臓が跳ね上がった。咲夜はいつもより長くお辞儀をしてから、早足で主の間を出た。咲夜の全身は打ち震え、手はぐっしょりと汗まみれになっていた。 廊下に立て掛けていた銀製の剣を手に取り、服に付いた埃を払い、呼吸を整え、紅魔館を飛び出した。門の前に妖夢がいた。 「あら。何か用かしら」 咲夜は右手で前髪をかき上げながら妖夢に近寄った。妖夢は咲夜の剣に目を留めた。咲夜は息を呑んだ。 「たまたま通りかかっただけです。貴方こそ、忙しなさそうにどうしたんですか?」 咲夜は目をぱちくりさせた。それでも平静を装って、喉の奥から細い息を絞り出した。 「いつだったかしら、あなたに『異変解決に関わっても仕方がない』と言ったことがあったわね。今でもその通りだと思うわ」 咲夜は自分で頷き、一呼吸置いてから、左手に持っていた剣を妖夢に見せた。 「けれども、私は今、この剣に支配されているのよ」 咲夜はそう言い終えると逃げるように湖へ飛んで行った。そうしてすぐに、湖でぴちぴちしている人魚とドンパチやり合い始めた。 途中、咲夜はちらりと紅魔館を見た。妖夢は正門の前で呆然と立ち尽くしていた。咲夜は今だけ妖夢を忘れることにした。 おわり 『尻尾をなくしたキツネ』より