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咲夜と三人の妖精


 咲夜が赤絨毯の廊下を通りかかったとき、一人の妖精が羽をばたつかせながら右側の大きな窓を拭いていた。その硝子は妖精の何倍もの高さまで伸びていて、妖精はいかにも熱心な様子でそれに立ち向かっていた。
 咲夜は暫く立ち止まってその様子を見た。すると、廊下の奥から二人の新たな妖精が滑空してやって来た。その妖精たちもまた手に雑巾を持っていた。
 二人の妖精はそのままの勢いで窓に取り付き、手をゴシゴシと動かし始めた。咲夜は感心して妖精たちに釘付けになった。
 だがその三人の妖精はお互いのことをお構い無しに動き回るものだから、事あるごとに体をぶつけた。上に行こうとしたら衝突、下に行こうとしたらまた衝突、終いには三人が窓の一ヶ所に殺到して揉みくちゃになった。
「何でぶつかってくるのよ!」
「あんたがこっちに来たんでしょ!」
 妖精たちは小さな手で雑巾を振り回して叩き合いを始めた。咲夜は急いで妖精の前へ飛び出した。
「貴方たち」
 咲夜の一声がピシャリと廊下に響いた。妖精たちは目を真ん丸にして咲夜を見た。
「こっちへ附いて来なさい」

 咲夜と三人の妖精は館の裏の蔵へ辿りついた。その蔵の壁は赤い煉瓦で覆われ、正面には重そうな木の扉が備え付けられていた。辺りは木々に囲まれ、今となっては葉を落とし裸になったものの、宛(さなが)ら蔵を隠す役目を持っているようだった。咲夜は扉の金属錠に手を伸ばし、重厚な軋みを立てて鍵を開いた。
 蔵の中は外にも増してひんやりとしていた。入り口から差し込む薄明かりの中、咲夜は手前にあった焦げ茶色の大甕を指差した。
「この中には今日のおゆはんに必要な食材が入っているわ。誰か運んでくれるかしら」
 一人の妖精が素早く名乗りを上げ大甕に近づき、妖精の首ぐらいの高さを持つそれを両手で抱えた。妖精は唸りを上げてそれを持ち運ぼうとしたが、妖精に抱きつかれた甕はつやつやしているだけで一向に動く気配が無い。その様子をひと通り見た咲夜は妖精を制止した。
「それなら、貴方たち三人で持って行ってくれるかしら」
 妖精たちは互いの目を見合わせてためらいがちだったが、咲夜が手で促すと渋々といった様子で甕に向かった。三人は甕を取り囲み、声を合わせて甕を抱えた。すると、先ほどまで岩のように動かなかった甕はゆっくりと地面を離れた。咲夜は三人が甕をしっかりと持っていることを確かめ、蔵の外へと向かった。その後ろを、くすくすと控えめな笑い声を上げながら三人の妖精が附いていった。

 館の全住人が大広間に会した。その殆どは館で働く妖精たちである。今日はみんなで夕食を囲む日であった。純白のテーブルクロスが敷かれた席に着いた夥しい妖精たちは、がやがやしながら洋皿に盛りつけられた料理を食べていた。
 一番奥の上席では、帽子を取って青髪を露にした館の主が住人たちを眺めていた。咲夜はその左横に立って主の挙動に注目していた。
「この子たちの元気はいったいどこから来るのかしら」
「自然の子ですから」
 ふと咲夜は後ろを振り返った。そこには、あの三人の妖精がそわそわとしていた。咲夜は声を掛けようとしたがその前に三人は何やら頷き、そろそろと主の横に近寄った。主は遠くの妖精を見て面白がっていた。
 一番前の妖精は主の顔を窺いつつ、正面の皿に手を伸ばした。次の瞬間、皿に乗っていた小魚を目にも止まらぬ速さで奪い取った。しかもそれだけでなく、手に取った小魚をホイホイと後ろの妖精に手渡していった。
 咲夜が唖然としている間に、あれよあれよと主のフルコースが消えてゆく。その果てに残ったのはなけなしのソースだけだった。それでも主は全く手元に気づかない。
 妖精たちはぐちゃぐちゃになった宝物を抱え、たいそう満足げな表情でその場を後にしようとした。それを見た咲夜はいち早く三人を遮った。
「お互いを助けあうのは大変結構。けれども貴方たち、後で地下に来てもらえるかしら」

  おわり


『父親とその息子たち』より