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博麗に強訴する三人の妖怪


 昼下がりに、化け傘、化け猫、釣瓶落としが妖怪の山に集結した。三人は皆、人を驚かせることを生業としている。だが、自分たちを退治しようとする博麗の巫女にいつも悩まされていた。
「やられる前にやるしかない」
 化け傘が凛とした声で主張した。それからすぐに、三人は列を成して妖怪の山を飛び出した。

 三人は空から博麗神社にやって来た。境内は、秋晴れに包まれて午後の気怠い空気を醸し出していた。正面には巫女の姿が見当たらなかったので、裏手から中へ侵入することにした。
 縁側から、三人がそっと中を覗いた。外よりも少し冷たい空気が三人の顔を撫でた。中は静まり返っていた。三人は物音を立てないようにして、板張りの廊下へ慎重に足を踏み入れた。
 続いて、化け猫が目の前の戸を開けて部屋の様子を窺った。そこには、赤い装束に身を包んだ巫女が、三人に背を向ける格好で寝転がっていた。
 三人は互いに目を合わせた。釣瓶落としが桶から茶色い縄を取り出した。化け猫がそれを握り締め、そろりと巫女を縛り始めた。化け傘は隣で飛び跳ねていたが、二人に促されて作業を手伝った。
 ぐるぐる巻きの巫女ができあがった。化け傘が、その傘で巫女の頬をつついた。巫女は目を一度ぎゅっと瞑ってから、ぱちりと目を開いて三人を見た。それから起き上がろうとして、ようやく縄の存在に目を遣った。
「何の真似かしら」
 巫女の目つきが鋭くなる。けれども三人は毅然とした態度で答えた。
「約束して。今年いっぱい私たちを襲わないって」
 巫女は三人の顔を見回し、呆れた顔で「わかったわよ」と溜息をついた。三人は頷いて縄を解き、持参した葉っぱの契約書に調印してもらった。
『博麗霊夢は、当季に於いて多々良小傘、橙、キスメの三名を襲撃しないと誓約する』


 博麗神社の帰途、三人は縦横無尽に空を飛び回った。それぞれが、これから享受できる自由に期待を膨らませた。
 ひとしきりはしゃいだ後、三人はさっそく人間を驚かせることにした。人里に近い平野に移動すると、釣瓶落としは木の上に、残りの二人はその茂みに身を隠し、夜の到来を待った。

 陽もすっかり落ちて辺りは闇の世界に変貌した。それに合わせて、周辺の人通りもぱたりと止んでしまった。それでも三人は、まばゆい表情を浮かべて標的の到来を待ち続けた。
 暫くして、目の前を一人の人間が通りかかった。三人は目を光らせて威勢よく飛び出した。だが、その者は逃げ足が速かったために呆気なく取り逃してしまった。三人は深追いせずせっせと元の配置に戻り、次の獲物を待った。

 少しの間が空いて三人がそわそわしていると、上空から何者かが飛び込んできた。三人が身構える間もなく、その者は星形の弾幕をやたらめったら飛ばし始めた。茂みにいた二人はあっけなく吹き飛ばされてしまった。
 木に隠れていた釣瓶落としは難を逃れ、弾幕の光で襲撃者の姿を目視した。白い装束に身を包んだ緑の長髪で、目は赤く染まっていて不気味な笑みを浮かべていた。釣瓶落としは木の葉の陰から動けず、桶に籠ってぶるぶると震えた。だが緑髪は釣瓶落としを目ざとく見つけ、木に向かって弾幕を乱射した。
「ああ、こんなことなら情けのある巫女に退治された方がよかった」
 直後、桶は木端微塵に破壊され、釣瓶落としの全身に星弾が直撃した。

  おわり


『牡ウシたちと肉屋』より