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芳香と青娥の落ち葉拾い


 豊かな実りの時期も佳境を迎え、冷たい空気が肌を突き刺す季節になりつつあった。廟へ続く洞窟の入り口は、夥しい量の紅葉で埋め尽くされていた。
 仙人の青娥が見かねて、傀儡の芳香に命じた。「この辺の落ち葉を片付けましょうか」
 青娥は芳香の手に箒を持たせた。芳香は関節の曲がらない腕を振り子みたいにして箒を操った。青娥は、その様子を木の上から眺めていた。
 やがて、山盛りごはんのような形状で落ち葉が集められた。その段になると青娥が降りてきて、落ち葉を茶色の大きな紙袋に入れる作業を手伝った。
 その結果、溢れそうなほどの落ち葉袋ができあがった。芳香は全身でそれを抱え、その場で静止した。青娥が付け加えた。「山に捨てましょう」
 芳香は、非常にぎこちない動きで一歩一歩進み始めた。青娥がさらに言葉を添えた。「山までは飛んでいきましょう」
 芳香はロケットのように飛び立った。

 二人は妖怪の山の麓に降り立った。その周辺はまだ紅葉が生え揃っていて、木の幹より濃い茶色の土が広がっていた。山の上の方は落ち葉まみれのようなので、できる限り目立たないところに捨てたいと思った青娥は、そこを目指してのんびりと歩いていくことにした。
 暫く進んでいると、いつの間にか山を流れる川に接近していた。水面は、陽の光をきらきらと反射させ、山の自然を鏡のようにくっきりと映していた。和歌に詠まれそうな光景だった。
 その時、前を歩く芳香が河原の石に躓いて盛大に転んだ。持っていた紙袋は川に投げ出され、ぱっくりと開いた口から紅葉が急流のように飛び出した。青娥は目を丸くして芳香に駆け寄った。幸い、顔に擦り傷ができただけで深いケガはなかった。青娥は芳香をその場に座らせて、薬を芳香の患部にしっとり塗布した。芳香は曲がらない足を投げ出しながら、紅に染まった川の流れを眺めていた。芳香の目も紅に色づいていた。


 翌日、青娥は落ち葉掃除の続きをさせた。芳香は昨日と比べ、ほんの少しほんのちょっとこころもち慣れた手つきで落ち葉を纏めた。
 そうして再び妖怪の山に足を踏み入れた。昨日より膨れ上がった紙袋を抱えながら熊みたいに歩いていく芳香を、青娥は昨日と同じように後ろから見守った。そのうち、昨日の川に差し掛かった。すると、芳香は石の出っ張りに自ら足を引っ掛けて倒れた。落ち葉の袋は綺麗な放物線を描き、紅葉を撒き散らしながら川へ落下した。芳香はうつ伏せのまま空中に浮き上がり、流れゆく紅葉を見つめた。
「へえ」
 青娥の口元がニッと動いた。


 次の日も、またその次の日も、青娥は芳香に落ち葉拾いをさせた。その度に芳香は紅葉を川にぶちまけ、青娥はそれを見て喜んだ。
 結局、廟の落ち葉が無くなるまでそれは続けられた。廟の入り口が更地に戻った時、青娥は芳香に問うた。
「あなたのどこに心があるのかしら?」
 芳香の目は、青娥をすり抜けたどこかずっと先を見据えていた。

 晩秋、川が紅葉で埋め尽くされていたら、それは芳香の仕業かもしれない。

  おわり


『塩商人とロバ』より