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残された秋を求めて


 雪の粒が掌にぽとりと落ち、消えていった。続けて二つ三つと舞い降りた雪は、次第に辺りに積もり始めた。
 秋を司る姉妹の神様は、残された秋を求めて山中を彷徨っていた。だが行けども行けども、裸の木と雪景色ばかりが広がっていた。
 秋穣子は歩きながら姉の横顔を見た。姉の目は、じっと前方を見据えていた。

 だんだんと地面の雪が増え、雪に足を取られながら歩く格好となっていった。裸足の穣子は、あまりの冷たさに足の感覚が鈍くなってきた。気になって姉の足元を見ると、薄っぺらい靴から出た足の甲が赤くなっていた。雪は、忙しそうに勢いを増していった。穣子は歩くことで精一杯だった。
 その時、横で何かがボトリと落ちる音がした。穣子が足を止めて振り返ると、才の字になって雪の上に転んでいる姉がいた。さらによく見ると、姉の頭の傍で、三枚の紅葉が雪の上に落ちていた。姉の髪飾りであった。最初、雪に落ちた紅葉は鮮明な赤や黄色をしていた。しかし、次の瞬間にそれらは色を失い、灰色の葉っぱになってしまった。
 姉は両手をついて身を起こした。それから、色の無い紅葉の前で屈み込み、拾い上げ、そっと胸の衣嚢にしまった。

 雪は留まることを知らず降り続け、どの草花もすっぽりと雪に埋まってしまった。穣子は斜め後ろを歩く姉を見た。青白い表情の姉は、髪飾りをなくしてから明らかに力を失っていた。
 穣子は姉が追いつくのを待った。姉はよろめいた足取りで穣子の下へ辿りつき、白い息を吐きながら懇願した。
「ねえお願い。私にその髪飾りを少し分けてくれないかしら」
 寒さに背中を縮める姉は、首だけをこちらに向けていた。姉の目は、穣子の帽子に付いた瑞々しい葡萄の房を見つめていた。
「え、でも、これが無いと私もだめになっちゃう」
 穣子は姉から目を逸らし、再び歩を進めた。

 いつの間にか、前が見えなくなるほどの吹雪が山を覆っていた。穣子は身体を震わせながら、足を動かすのがこんなに大変なのかと深く思い知った。穣子は、はぐれないようにと右手で姉の手を握った。姉は、その手を頼りに何とか歩き続けた。
 そうしていると、前方に開けた土地を見つけた。そこに足を踏み入れた途端、横殴りの吹雪が凪いだ。見通しがよくなったので、穣子は辺りを見回した。広場の中央には僅かに葉を残す一本の大木があり、その周辺だけは焦げ茶色の土が剥き出しになっていた。
 穣子は姉の手を掴んだまま、とりあえずその木の傍まで移動した。それから、ふわっと手を離してその場に腰かけ、深く息を吐いた。
「わ!」
 突然、横に立っていた姉が素っ頓狂な声を上げた。何事かと振り向く。姉の目線の先には、ふかふかの土に一枚の赤い紅葉が横たわっていた。
 姉はよたよたと駆け寄りその紅葉を拾った。すると、真っ白だった姉の顔色が見る見るうちに良くなった。
「やった、やったよ!」
 祭りでもあったかのように、姉がその場で飛び跳ねる。穣子はその賑わいに加わりたくなった。だが髪飾りの無い姉の頭を見て、上げようとした腰を降ろした。
 ふと、姉が穣子の方を見た。姉はあんなに嬉しそうだった表情を真顔にして、ざくざくと穣子へ近づいた。穣子は固唾を飲んだ。
 姉は、座ったままの穣子に目の高さを合わせ、口を開いた。
「はい。穣子も大変だったでしょう?」
 姉の手元を見ると、眩しいほどに鮮やかな紅葉が穣子へ差し出されていた。

  おわり


『ロバとラバ』より