アンコーハウス - 東方伊曽保物語まとめサイト -

それぞれの事由


 澄み渡る青い空、どこまでも続く緑の原っぱ、ミスティアと橙は秋晴れの下で追いかけっこをしていた。二人は縦横無尽に飛び回り、爽やかな空気を全身に浴びていた。

 ひと通り動き回った後、二人は緩やかに地面へ降りた。土の上に座り、持ってきた水筒を横に並べる。遠くの空では、灰色がかった雲が広がり始めていた。
 橙は水をごくりと飲むと、ミスティアの方を向いて口を開いた。
「ねえ、他のところにも遊びに行こう?」


 天空に舞い上がり、結界を飛び越えたところでミスティアは危うさを感じた。だがもう手遅れ、幽霊溢れる冥界へ全身を突っ込んでいた。いつの間にか上空はどんよりとした雲に覆われていた。
 荒涼とした土地にぽつんと建つ広大な和風建築が近づくと、橙は勢いよく急降下していった。ミスティアは戸惑ったが、どんどんと小さくなる橙の姿を見て、そろそろと後を追った。
 冥界の屋敷、白玉楼の庭先に降り立つと、橙が水色の誰かと談笑していた。西行寺幽々子その人である。抜けるような薄青の着物は、まるで空の色を全部吸い取ってしまったようであった。
 幽々子はミスティアに気付いた。こっちへいらっしゃいと手招きする。ミスティアは左右を見回して、それから、とぼとぼと近寄った。

 橙と幽々子は、主に橙のご主人様のことで楽しく会話していた。ミスティアには話の半分も理解できなかったし、そもそも興味がなかった。
 ミスティアが葉っぱ生い茂る桜の木に目を遣っていると、突然、橙が幽々子の扇子を取って逃げた。
「返してほしけりゃ捕まえてみなよ!」
 橙は距離を置き幽々子に閉じた扇子を見せつけ、それを衣嚢に仕舞って四つ足で逃げ回る。幽々子は上機嫌で呆れた様子を見せると、てててっと橙を追いかけ始めた。ミスティアは最初それを眺めるだけだったが、どうしても体がうずうずするので、私も混ぜてと橙のところへ駆け寄った。
 橙が石ころに躓いた。幽々子はその隙を逃さず、後ろから橙の体に飛びついた。橙は腰を幽々子に捕えられ、手足をジタバタさせていた。
「ミスティアお願い!」
 橙がおーいとミスティアに手を振り、反対の手で扇子をぶん投げる。
「え?」
 扇子が矢のようにミスティアへ飛び込んできた。ミスティアは扇子を両手で受け止めたものの、予想だにしなかった展開にぽかんとしてしまった。
 はっとして再び前方を見ると、幽々子が魔物のように両手を挙げて迫っていた。ミスティアの心臓が跳ね上がった。
 逃げる間も無く、ミスティアは正面から幽々子に抱き締められた。ミスティアは浮いた脚を竜巻のように動かして絶叫を上げる。
「ミスティアそれは必死過ぎるよ」
 駆け寄った橙の大笑いが木霊する。ミスティアは全身を震わせながら、真っ青な顔で激烈に答えた。
「あんたとは事情が違うのよ!」

  おわり


『仔ブタとヤギとヒツジ』より