永江衣玖の時間外手当て
天子がたびたび地上に降りてはつまらぬ悪戯をするので、衣玖はより長い時間を割いて天子の面倒を見るようになった。天子は嫌がる素振りを見せながらも、決して衣玖を遠ざけようとはしなかった。 だがそんな衣玖に、比那名居の者は望ましい待遇を与えなかった。それから衣玖は、天子が居ない間に農園へ立ち入っては、天子の桃をせっせと箱詰めにして持ち出し始めた。程無くして、人里に桃が流通するようになった。 ある日天子は、衣玖と天界を散歩しているとき、衣玖が前より上品そうな生地を身に着けているのに気付いた。 「随分と上等な服を着るようになったのね」 衣玖は一瞬目を泳がせたが、すぐに微笑みを浮かべて答えた。 「おかげさまで」 天子は首を捻った。 衣玖の言動がいかにも疑わしく思えたので、天子は一日かけて衣玖を遠くから見張ることにした。 衣玖が、羽衣をひらひらさせながら天子の農園に入っていく。 「私のためにちゃんと仕事しているのね」 けれども衣玖は桃の箱を外へ運び始めた。何事かと目を丸くした天子は、慌てて衣玖の背中を追いかけた。 「衣玖! それをどこへ持っていくつもり!?」 衣玖は身体をビクッとさせて天子の方を振り返り、ばつの悪そうに俯いた。 天子の心が灰色に曇った。それでも天子は次の一言を振り絞った。 「そのさ、私の世話なんかはそんなにがんばらなくていいからさ、桃には勝手に手を付けないでほしかったな」 衣玖はゆっくりと顔を上げ、しんみりとした目で天子を見つめた。 「総領娘様。それでは二重に損です」 おわり 『ウマと別当』より