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地底の占い師


「おい霊夢、聞いたことあるか?」
「無いわ」
「地底世界に、何でもズバッと当てる占い師がいるって噂だ」
「そう」
「私は今から行くんだが、良かったら霊夢も連れて行ってやるぜ」
「行ってらっしゃい」

 凄腕占い師の存在は、人伝に幻想郷中へと広がっていった。大半の者は事を傍観するのみだったが、力ある人間は自ら地底へと潜った。また、好奇心がとりわけ旺盛な一部の妖怪も、こっそりと地底を訪れた。


 レミリアは怒り心頭に達した。この自分を差し置いて、他人の運命で商売をしているなんて。占い師の噂は、僻地の紅魔館にまで届いていた。
 レミリアは地面を激しく指差して、側にいる咲夜に告げた。
「胡散臭い地底の真相を暴いてやりなさい」

 咲夜はまず人里で、占いを受けた人から体験談を聞くことにした。けれどもどうしたことか、一人として占ってもらった者が見つからない。
 占い師の存在はこんなに知れ渡っているのに、占われた人が誰も名乗り出ないなんて。咲夜はツンとしたキナ臭さを感じ取った。

 目立った成果が得られそうにないので、咲夜は意を決して地底に潜ることにした。道中、住人達の手厚い歓待を受けたが、挨拶半分にかわしつつ旧都まで辿りついた。
 占い師の居場所は漠然に「地底」としか知らなかった。したがって咲夜は、地底の荒々しい妖怪たちに占い師の住処を訊き出さなければならなかった。咲夜は、お嬢様に比べればなんてことないと、心の中で何度も呟きながら尋ねて回った。

 聞き込みにはそれほど時間がかからなかった。咲夜は、占い師が旧都を抜けた先に住んでいることに加えて、地底の者の口振りから、やはり他にも地上の輩がやってきたことを確信した。ならどうして?
 咲夜は増える疑問を一旦抑えつつ、とにかく地獄のど真ん中まで赴いた。拓けて荒涼とした土地に、小高い山ほどありそうな洋風の屋敷が鎮座していた。見かけの大きさは、明らかに紅魔館を凌いでいた。
 正面に聳え立つ吸い込まれそうな黒い門、普段なら軽く飛び越えるところだが、門の脇に猫耳を付けた赤髪の誰かがいたので、咲夜はとりあえずその者に取り次いでもらうことにした。猫耳は金属が軋む音を言わせながら門をこじ開け、とてとて走って庭へと消えた。
 暫くすると先ほどの猫耳が戻ってきて、咲夜を先導すると言った。さらに、咲夜の三倍は高いであろう正面の扉を、猫耳がいかにも重厚そうな素振りで開けた。開きつつある扉から中を覗くと、どこまでも深紅で黒い世界が広がっていた。

 きっと大した距離は無さそうな、けれどもひどく長く感じるだだっ広いタイルの廊下を、二人はコツコツと音を立てて歩いた。片側のステンドグラスから差し込む七色の光が二人を見下ろす。
 そうしてようやく、こじんまりとした長方形の扉の前で「こちらが占い師様の御部屋です」と案内された。猫耳は、そそくさとその場を離れていった。

 深い焦げ茶色の扉はよく磨かれていて、咲夜の全身がうっすらと映る。咲夜は一呼吸置いてから、扉の右に付いたドアノブにそっと手を伸ばした。
 ガチャリと音を立てて扉が動いた。まず、右手にある書棚と床に敷かれた紅い絨毯が目に入った。続いてもう少し扉を広げてみると、机を挟んだ部屋の奥に、全身黒子の何者かがいることに気付いた。
 鋭い危険を感じた咲夜は左手で即座に懐中時計を握りしめた。時間を止めた咲夜は入り口の死角に身を隠した。
「『どんな人がいるのか不安だわ』? ふふ、そんなに心配しなくてもいいのよ。
 あら? どこへ行ったのかしら」
 透明な声が廊下まで響き渡る。今の一言で、咲夜は全てを諒解した。
「ここにいるわ」
 身体は曝け出さず、声だけを相手に飛ばす。
「人間さん。そんなところにいると占いが始められないわ。
 こっちへ来てちょうだいな」
 ひどく優しげな声遣いで咲夜を誘う。けれども咲夜は事件の真相について確証を得たので、もはや脱出の手段にしか関心が無かった。
 咲夜は、相手の様子と、脱出の算段に全神経を注いでいた。だから、背後からの接近を、全く感じ取れなかった。
 ポンと背中を押され、よろめいて部屋へ足を踏み入れてしまった。全身黒子が目に入る。急いで左手を強く握った。だが空気を掴むばかりだった。咲夜は戦慄した。
 全身黒子が布をはためかせながら、一気に咲夜との距離を詰めた。咲夜の肩ほどの背丈であるその黒子は、両手を咲夜の上半身に当ててもたれかかり、真っ黒な布を被ったまま咲夜を見上げてこう言った。
「あなたの心の奥底を、私が代わりに教えてあげますからね」


 咲夜が紅魔館に帰ってきたのを見て、待ち遠しくてたまらなかったレミリアは咲夜に飛びついた。咲夜は、力無い目でレミリアを見つめた。
「咲夜、占い師はどんな奴だったのかしら」
 目をきらきらと輝かせてレミリアが問う。
「ええ。未来のことを何も知らせてくれない、取るに足らない輩でしたわ」
 咲夜の言葉にレミリアは満面の笑みを浮かべた。レミリアは横に控えていた美鈴に、急いでこの評判をばら撒くように命令した。咲夜は、その活動的な様子から目を逸らしがちだった。
「で、どんなことを言われたの?」
 レミリアが好奇心たっぷりに身を乗り出して尋ねるので、咲夜は一言だけ返してその場を後にした。
「それは、お嬢様の耳に毒ですわ」

  おわり


『病気のライオン』より