ヤマメの大失敗
ヤマメは、たまに風穴から外に出て山の風を浴びたくなる。今日も、山に流れる川のせせらぎを聞きながらのんびりと歩いていた。ところが、足元の出っ張った石に気が付かなかったものだから、ヤマメは綺麗に躓き、川へと身を投げ出してしまった。 激しく水の音を立てながら、なんとかヤマメは岸辺へと辿りついた。それから川を振り返ると、さっきまで透明だった水は、ヤマメが飛び込んだ位置を始点にして黒い濁りが漂うありさまだった。 ヤマメは両手を広げてわっと驚いた。只でさえ川に近づくだけで河童たちに嫌悪されるのに、今回ときたら盛大に汚してしまったではないか。かといって、液体に混ざった病原菌たちを回収することはできない。 あちこち見回したり、両手両足を無闇に動かしたりしながらぐずぐずしていると、空から厄介そうな天狗が舞い降りてきた。 「おやおや」 天狗はさっと手帳を取り出して、川を注視しながらあれこれ呟いている。ヤマメは血相を変えて天狗に駆け寄ると、両手を合わせて頼み込んだ。 「わー! わざとじゃないんだよ! 秘密にしておいてくれないかい?」 天狗は首をぐいっとヤマメの方へ向けた。それから、筆を口元に当てて考える素振りしつつ答えた。 「そりゃあね、私は黙っておいても構わないですよ。 けれども放っておいたところで、この毒物たちがぺらぺら喋り出すでしょう」 おわり 『ヤギとヤギ飼』より