厄を祓い終えた雛
うららかな陽気が漂う山の麓で、厄を流し終えた雛がさっぱりしていると、帽子に葡萄を付けた秋の神様が後ろ手に近づいてきた。 「ちょっとおつかいを頼まれてくれる?」 厄を渡した後というのは、人妖と気兼ねなく関われる数少ない機会である。二つ返事で了承した雛は、秋の神様のために人里へと歩き始めた。 水田をぐるりと囲む畦道で、鳥のさえずりを背景に散歩する。道中、暗闇のかたまりが物珍しそうに近寄ってきたり、妖精たちが辺りを駆けまわったりするのを、雛は微笑んで見回すのであった。 そうしているうちに、いつの間にか人里の領域へ足を踏み入れていた。厄を払った後の雛は、概ね人間に歓迎される。こっちへおいで、あっちへおいでと人々が寄ってくるので、雛は嬉しそうに困っていた。 続いて目的の店へ向かい、野菜の種をいくつか買った。それでもまだ日が高いので、せっかくだからとぶらぶら歩き回ることにした。 花屋では柄杓で水をやっている人がいた。雛は店先に並ぶ花たちを、きれいだなと首を伸ばして眺める。 不意に柄杓が雛の方を向いた。かと思うと、雛はピシャリと水を浴びせられた。 「ごめんなさい!」 長髪を結った店員が雛の方へ駆け寄る。一方、雛はその場に立ち止まってうずうずしていた。 いけない。 眉をハの字にする店員をよそに、雛がプルプルと震え出した。 もうだめ。 雛は横に大きく振動した後、華麗な足捌きでくるくると回り始めた。 体に水がかかると、すぐこうなっちゃうんだから。 雛は胸中を曇らせつつも、麗しい笑顔を浮かべて回転していた。その動きに合わせて、漂流していた厄が雛の下に集合する。 周囲の人たちは雛の変貌を見て一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻すと雛のところへ寄り合った。そして、数人が雛を抱え上げると、よいしょよいしょと神輿のように、人里の外へと運び始めた。 祭り上げられた雛は仰向けでよく澄んだ青空を見渡し、心の中で呟いた。 「また来年までお預けね」 おわり 『喉の渇いたハト』より