お燐の新しい猫車
お燐にとって傍らの猫車は相棒のような存在だ。けれども、たまに他の友人とも遊びたくなるように、時たま別の猫車を使ってみたくなる。いつもならその気持ちもそこそこに相棒とつるむのだが、今日はなんだか新しい猫車が欲しくて仕方がない。 お燐は相棒を灼熱地獄跡の隅に置くと、「ちょっとだけごめんね」と告げて地上へと飛び出した。 地上に出たお燐はまばゆい太陽に目を覆いながら、とりあえず人里へ足を運んだ。通りは人々の活気で一層眩しい様子であった。行き交う人々を避けながらぴょこぴょこと店先を眺めるが、目ぼしい一輪車は見当たらなかった。 期待外れで気持ちが落ち着いたお燐は、人里の周辺をぶらついてみた。すると前方から、藍色の頭巾を被った僧侶が黄金色の輪っかを持って歩いてきた。 どこかで見た気がしないでもないと思ったお燐は、緩やかに近づいて話しかけてみた。 「ちょいとそこの方、名前は何と言うの?」 「はあ。雲居一輪と申します」 その一言が、やけにお燐の脳内へ響いた。 命蓮寺の面々は、買い出しに行った一輪の帰りを今か今かと待ち構えていた。だが夕暮れになっても一向に帰ってくる気配がない。不審に思った寅丸星は単身外へと飛び出した。 まず人里をぐるりと探す。いない。他に一輪が行きそうなところは。 直感を信じて博麗神社の方へ走ると、道中で頭巾の後姿を発見した。一輪だ。急いで一輪の方へ駆け寄るとさらに前方に、くすんだ緑色を身に纏う赤髪の少女がいることに気付いた。一輪は、その少女に手を引かれていた。 星が息を切らしながら呼び止める。「何をしているのですか」 少女が振り向き声を荒げる。「私の相棒に手を出すな!」 星は目を大きく開いて硬直した。それから頭の中でぽつぽつぽつと考えを巡らす。 はっとした星が一輪に詰め寄り「鞍替えですか」と突き刺すと、一輪は「何のことですか」とうろたえる。 続いて星は緑の少女に向き直り尋ねた。 「何の相棒なのですか?」 お燐は胸を張って答えた。 「へへん。新しい猫車なんだよ」 星と一輪は同時にぽかんと口を開けた。さらに星は、自分と同じ反応をしている一輪を見て余計に驚いた。 「私は道具扱いだったのですか」と一輪が洩らした。「違うよ相棒だよ」と、緑の少女が笑顔で応じる。 事の帰着を見出せずにいた星は、破れかぶれに適当な質問を投げかけた。 「一輪に何をさせるつもりだったのですか?」 緑の少女は、口に指を当てて悩む仕草を見せながら答えた。 「そうだなあ……、死体運びとか?」 星は一輪を引っ張って走り去った。 おわり 『かいば桶の中のイヌ』より