博麗霊夢の言伝
炎天下の下で博麗の巫女が境内を掃除していると、斜め上空から氷の妖精がふらふらとやってきた。ひんやりとした空気が薄く漂う。 「チルノ?」 霊夢はその妖精、チルノの様子をしばらく眺めていた。するとチルノは黒ずんだ賽銭箱に近づいて、その中をじっと覗いたかと思うと、一枚のお金を落っことした。 硬貨がチャリンと音を立てるのに合わせて、霊夢の心臓が跳ね上がった。その一粒で、砂漠のような心に潤いが広がった。 霊夢は右手の箒を払い除け、駆け足で近づいてチルノの肩を掴んだ。 「チルノ! あんた偶にはいいことするじゃない!」 チルノは霊夢にぐわんぐわんと揺らされて、あうあうあうと声を上げていた。それから少しして霊夢が落ち着いたのを見計らって、チルノが言葉を発した。 「こうするとあんたが喜ぶって」 その言葉に霊夢の目が一層輝いた。 「ええ、とっても嬉しいわ!」 それだけでは飽き足らず霊夢は身を乗り出して、奉仕精神たっぷりに感謝の言葉を重ねた。 「あんたのおかげでお賽銭がいっぱいだわ」 霊夢にぎゅっと抱きしめられて、チルノはまんざらでもなさそうにしていた。 気持ちを温めたチルノがきらきらと汗をかきながら辺りをぶらついていると、緑色の巫女に遭遇した。 緑の巫女はチルノを見つけると、にっこりとほほ笑み近寄ってきた。チルノは眼前の人間が着る巫女装束を見て、自然と言葉を洩らした。 「霊夢のお賽銭がいっぱいだって」 巫女の目の色が変わった。 早苗は心の鼓動が抑えられなかった。あの神社のお賽銭がいっぱい? まさかそんなはずは。 博麗神社へ確かめに行くべきか。早苗は辺りをぐるぐる回って逡巡していた。そうしていると、空から天狗が両手を広げて舞い降りた。 「どうかしました?」 難しい顔をしている早苗を覗き込む。頭の中が煮詰まっていた早苗は、ちょうどいい相談相手を見つけたと思って打ち明けた。 「それが……。霊夢さんが大金持ちになったらしいんです」 天狗はビックリ仰天して葉団扇(はうちわ)を落っことした。地面に接触したそれはささやかなつむじ風を巻き起こした。 天狗はそれを拾うと地面を蹴って、射出されるように飛び立った。 射命丸は確信した。近年稀に見る大見聞だと。 この記事を他者に横取りされては困る。そう思った射命丸は、碌に事実確認もせず号外の発行を始めた。そして、数刻して仕上がったそれは人里を中心にして盛大にばら撒かれた。 自宅の軒先にいた魔理沙は、珍しい時間に新聞が届いていることに気付いた。 気になったので手に取って読んだ。魔理沙の動きが止まった。 暫くの間を置いて、魔理沙は箒に跨ると凄まじい風を上げて飛び上がった。 霊夢が縁側で水を啜っていると、何やら黒い塊が神社の方へ飛び込んできた。その黒いやつは境内の地面に勢いよく激突すると、そのまま縁の下まで滑り込んでいった。 砂埃に紛れながら魔理沙が外まで這いずり、霊夢の前に直立し、ちょっと服を払ってから、くわっと目を見開いて問いかけた。 「お、お前……。億万長者……!?」 霊夢は魔理沙の言葉に首を傾げるばかりだった。 魔理沙は息を整えて、努めて落ち着いた口調を意識して尋ねた。 「聞いたぜ霊夢。さっ、賽銭金融が大当たりしたって」 固い笑みを浮かべる魔理沙の右手は終始震えていた。一方、霊夢は言葉の端々にうんうんと頷いて返事をした。 「ええそうよ。賽銭箱、見てみる?」 曇り一つない自慢げな笑顔だった。 魔理沙は箒を両手で握り締め、とりあえず霊夢の案内に着いていった。縁側から神社正面までがいやに長かった。 魔理沙は石段に立ち、賽銭箱に正対した。心なしか、見慣れたはずの木箱がつやつやしているように感じた。 「開けてごらんなさい」 横から霊夢が促すので、魔理沙は恐る恐る、賽銭箱の上段に手をかけた。腕にずっしりとした質感が圧し掛かる。ギイと音を立てて賽銭箱の蓋が開いた。そうっと中を覗くと、粒みたいな銀色の硬貨が一枚、ど真ん中に鎮座していた。 全身の力が抜け、魔理沙はへなへなと座り込んだ。そしてぼそりと呟いた。 「やっぱりな」 おわり 『人とライオン』より