リリーホワイトと春の春
リリーホワイトにとって待望の季節がやってきた。風に乗った春の粒子を感じ取るや否や、リリーは外へと飛び出した。 湖で、人里で、森や川で、体いっぱいに春のお知らせを振り撒いた。俄かに幻想郷が色づいていく。 リリーホワイトは春をばら撒くのに夢中だ。夜明けから陽が沈むまで、ずうっと空を飛んでいた。 時折、人里の人間に「こっちおいで」と招かれる。お菓子をもらったり頭を撫でられたり、リリーは幸せいっぱいだった。 リリーホワイトの宣伝はどうやら留まるところを知らない。来る日も来る日も、あちこちで春を知らせていた。 人里の面々は次第に興味を示さなくなっていた。けれども、僻地の妖怪たちに春の到来を歓迎されて、リリーの情熱は一層燃え上がるのであった。 リリーホワイトは楽しくて仕方がない。桜が散って青葉が生え揃う頃になっても、眩しい笑顔で春を伝えていた。 たまに「うるさいよ」と煙たがられる。けれどもリリーは、どこかで春を待っている人妖のため、そして自分の欲求のため、変わらぬ調子で飛び回った。 リリーホワイトの頭にぽつりと滴が落ちた。再びみたびとぽつりぽつり、やがてそれは鋭い雨になった。 冷たい刺激にリリーは目が覚めた、春に心が奪われていたのだと。漸く春告げ(はるつげ)をやめたリリーは、住処のある山へと急いだ。 リリーホワイトの動きが鈍くなった。慣れない梅雨にびしょ濡れのリリーは、飛ぶ力も奪われてへろへろと地面に降りていった。 雨避けになる木陰で体を縮め、身体の内から来る寒さに震える。両脚を抱え込みながら、雨で白みがかった山と焦げ茶色の土を交互に、目線を揺らして眺めていた。 突き刺すような日光とうんざりするような蝉の声に、妖夢は視界が霞みそうになりながらも買い物を済ませた。 木々が疎らな草原にて、その真ん中に敷かれた土の帰り道を歩く。ふと木の方に目を遣ると、白い何かが木の幹にもたれていた。 荷物を両手で抱え、何事かと駆け足で近寄る。その少女は白い帽子に薄汚れた白い服を着て、腕をだらんと伸ばしていた。妖夢の見知った妖精だった。 呼びかけるも返事はない。 すると妖夢はおもむろに衣嚢(いのう)をまさぐり、あったあったと桜の花びらを取り出した。 「いつぞやの残り物だけど……、春ですよ」 妖夢は少女の頬についた土をそっと払ってから、花びらを左手に持たせてあげた。 その瞬間、少女の目がぱちりと開いた。その妖精は辺りを見回した後、「暑いねー」と言いながら山の方へと飛び去って行った。 おわり 『ハエとハチミツ壷』より