闇の看護人
魔理沙は読みかけの本をぱたりと閉じて、傍らの珈琲に手を伸ばした。視線を下げれば部屋中に散らばった本が否応なく目に映るので、なるべく俯かないようにカップを口元に寄せる。豆の香りが鼻腔から喉へ抜けていく。 ふと、硝子窓が風に揺れるような音が聞こえた。今晩は外が荒れているのだろうと、魔理沙は別段気に留めることも無く珈琲を啜る。すると今度ははっきりと窓を叩く音が響いた。魔理沙はカップを机上に置くと気怠そうに立ち上がり、部屋の反対側にある窓へ近づいた。 満月のような金色の髪を短く纏めた小さな女の子が、背伸びをしてこちらを覗いていた。白い長袖が暗闇にぼんやりと浮かび上がっている。魔理沙は内開きの窓を片方だけ開け放った。途端に肌寒い風が屋内へ吹き抜ける。 「何の用だ?」 「ずっと家の中に閉じこもっていたら、気が塞がっちゃうよ」 真紅の瞳が貫くように魔理沙を見つめる。その背後では、真っ黒に塗られた木々が頻(しき)りにざわめいている。 「だからさ、たまには夜のお散歩でもどう? ほら、月もこんなに綺麗だし」 少女はそう言って北の空を見上げる。魔理沙は、その仕草があまりに滑稽だと思った。 「さては、お前が満たされたいだけだろう」 おわり 『オオカミとヤギ』より