知己の裁量
「わ、なんて綺麗な羽なんだ」 地底の闇に漂泊するうつほを呼び止めたのは、薄汚れた竹箒に跨る黒ずくめの少女だった。三角帽子の陰に笑みを浮かべ、風に流れるような軌道でうつほの正面に迫る。 「うーん、ここまで絵に描いたように生え揃うものなのか」 少女は舐めるようにうつほの周りを旋回する。かと思うと、うつほの正面で深々と頷いた。 「そうか、お前を見て漸く判ったよ。私は、お前のような美しい羽を持った奴と知り合いになりたかったんだ。羽に触れたい気持ちがこんなにも湧き上がるのは初めてだ」 うつほはすっかり怖くなってその場に固まった。ご主人様に「知らない人について行ってはいけない」と教わったのを、今この瞬間にはっきりとと思い出したのだ。 「初対面でこんなことを言うのもどうかと思うが、お前とは他人の気がしないんだ。よかったら、お前の家でゆっくりと話をしないか?」 一方的に捲し立てる少女にうつほは口を挟む余裕も無く、ついには少女を屋敷へ招き入れた。「ついて行ったわけじゃない」と、心の中で繰り返し弁解しながら。 「へええ。こんな広い家に住んでいるのか?」 「うん」 巨大な柱に囲まれた玄関にて、うつほは半分咳払いのような声で頷いた。 「いやしかし、こういう館に入ると冒険心が掻き立てられるな。ちょっと探検してもいいか?」 うつほは一刻も早くこの黒い少女から解放されたい気持ちで、少女の申し出に首を縦に振ろうとした。だがすんでのところで思いとどまり、道中から必死に悩んで考え付いたことを、背中の裾を握り締めながら切り出した。 「せっかくだから、その、貴方のことを紹介してもいい? 私の大切な友達に」 すると、少女の顔が見る見るうちに曇り、額に汗を浮かべ始めた。 「なんてことだ、大事な用事を思い出した。忘れた頃にまた来るぜ」 少女はそそくさと箒に跨って膝を曲げた。その時、向こうの扉が開いて赤髪三つ編みのお燐が現れた。うつほは廊下へ響き渡る勢いでお燐の名を呼んだ。うつほはお燐にこの少女を引き合わせ、信用に足る人物かをお燐の判断に委ねるつもりだったのだ。 お燐は間も無く少女に飛びかかった。 おわり 『イヌとニワトリとキツネ』より