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妖怪を助ける早苗


 夕日に照らされたなだらかな土の上り坂、東風谷早苗は前方に誰かが倒れているのを発見した。駆け寄ると、金髪に赤いリボンを付けた黒服の少女がうつ伏せになっていた。
 声をかけてみる。反応が無い。どうしよう。うん、連れて帰ろう。
 早苗は少女の体を起こして、よいしょと背負って家路を急いだ。

 結局、夜になってもその少女は起きる気配を見せなかった。床に就く時間になったのでいつでも対応できるようにと、早苗は少女を自分の隣に寝かせることにした。諏訪子や神奈子が危ないよと早苗を止めるが、早苗は少女を離そうとしなかった。


 夜もすっかり深まった頃、少女はパチッと目を開けた。横になったままで周囲をぐるりと見回し、見知らぬところに来たものだと思案する。
 再び天井の木目に目線を戻すのに合わせて、激しい空腹感が少女を襲った。何か無いものかと起き上がると、自分のすぐ左に人間が寝ているのを認識した。
 顔をそっと接近させる。その人間の顔は隙間から差し込む月明かりに照らされて、透き通るような肌を一層際立たせている。左右対称の整った目鼻立ちである彼女は、今もなお安らかな寝息を立てて眠っている。
 少女は床に手を付けて顔を近づけ、舌先を出し、人間の頬をつんと舐めた。じんわりと汗の味が口いっぱいに広がる。もう一度舐めてみる。久しぶりに味わう人間の口当たりに、少女は目をきゅっと閉じた。

 人間の味を楽しんだはいいが、これでは一向に腹が膨れない。いよいよもって我慢できなくなった少女は、口を人間の首に持っていった。すらりとした首筋が少女の目に映る。少女は少しためらって、ついでにも少しためらって、首の横に甘く噛みついた。
「わっ!」
 早苗は電流が走ったように飛び上がった。少女は早苗に払い除けられ、布団の上をごろんと回転した。
「えっ、なん、え、なんですか」
 左手で甘噛みされたところを押さえながら、早苗は頭を目いっぱい使って状況を整理した。漸く事態を把握すると、部屋の端に転がる少女を見つめた。
「妖怪さん。あなたを助けたのは私ですよ?
 助けた人にこんなことしちゃいけないでしょう」
 語気を強め、だが子供を諭すような口調で語りかけた。
「お腹が空いたんですか? 教えてくれればご飯をあげるのに。
 もう、乱暴なことをしてはいけませんよ」
 俯く少女の顔を覗き込みながら、早苗はゆっくりと言葉を続けた。少女もそれに合わせて頷く。
「じゃあ、月でも見ながら何か食べましょうか。
 一足早い月見団子にしましょう」
 団子と聞いて少女の目が輝いた。そんな様子を見て早苗は頬を緩め、お団子を取りに行くために、月光に包まれた縁側へと出ていった。

  おわり


『農夫とヘビ』より