三途の川で水遊び
うだるような熱気は三途の川にまで届いていた。辺りは灰色の霧に覆われているのだが、どういうわけか風呂を沸かしたように蒸し暑い。小町は土手に坐って霧を見上げながら、きっと水気が熱を閉じ込めているのだろうと思った。やがて衣類の内側にじんわりと汗を感じ始めた。気が付いた時には全身から滝のように汗が流れ、堪らなくなった小町は付近に誰もいないのを確かめてから、薄っぺらの服を脱いで木に掛けると頭から川へ飛び込んだ。生気の無い冷たさが肌を貫いて、小町は喉の奥から息を洩らした。だが直後、足先に地面の感覚が無いことに気づいた。ここは三途の川、底が無いことは至極真っ当な道理だった。引き摺られているかのように体が吸い込まれる。景気よく泳いで岸から少し離れていた小町は、今さらになって水鳥のように両手両足をばたつかせ始めた。 そこへ、ヒノキ色の悔悟棒を両手に持った知り合いの閻魔が向こうから歩いてきた。 「映姫様、あぶ、助けて」 映姫は小町の甲高い叫びにぐるりと振り向くと、ゆったりとした足取りで水際までやって来て、身を屈めて小町を見つめた。 「どうして三途の川に入ったのですか。貴方も一端(いっぱし)の死神なら、三途の川の恐ろしさをよく知っているはず。大方、この暑さに耐えきれずに飛び込んだのでしょう。そう、貴方は先を見通す思慮に欠けている」 「わかりましたわかりました! 説教なら後で何刻でも聞きます、お願いだから助けて!」 小町はぶくぶくと泡を立てながら必死にもがくが、視界が徐々に水面下へ沈んでいく。最後に見たのは、気怠そうに立ち上がった映姫の姿だった。 おわり 『水浴びをする少年』より