古来の関係
若い人間が家路を急いでいた。日が暮れかかった雑木林はほんの少し先も見通せない。呼吸が乱れるのも構わず、僅かに土が露出した獣道を駆け抜けていく。カナカナと蝉の声が頭上に響く。 「そんなに慌ててどこ行くの?」 すると突然林の陰から黒い塊が飛び出し、人間は勢いよく弾き飛ばされた。尻餅を付いて腰を押さえる人間に対し、その上を覆うように広がった黒い球体が、徐々にその影を失っていく。中から出てきたのは、両手を一杯に広げた金髪の女の子だった。 「こんな遅くまで出歩いているってことは、食べてもいい人類だよね?」 年端もいかないような外見の子が、宙に浮いたまま小首を傾げる。人間は唇をわなわなと震わせた。 「にっ……、人間と妖怪は仲良く平等にするべきだって習ったよ」 「へえ」 女の子は、三日月を描くようにして人間に迫った。 「教えてあげよっか。昔から、妖怪は人間を襲うものなんだよ」 女の子が顎を思いきり開いた。赤い口腔が小さな顔の半分ほどにまで開き、ミチミチと唾液の音を立てて広がっていく。人間は「あ」の表情で視線が釘付けになって、てっぺんから足先まで硬直して少しも動けない。女の子は人間の頭へ目掛けて、ぐいと顔を突き出した。 「そこまでにしなさい」 静まり返った雑木林に凛とした声が響き渡る。女の子はピタリと動きを止め、すぐに口を閉じてゆっくりと振り返った。木と木の間に、露出の多い巫女が腕を組んで立っていた。女の子の眉間に皺が浮かぶ。その瞬間、巫女は地面を蹴って女の子に詰め寄った。巫女の右手に握られた二本の針が、女の子の喉元に突き立てられた。 「ま、待って」 女の子が、喉から絞り出したような声で巫女に訴える。 「人間と妖怪は平等なんでしょう? 仲良くしようよ」 「へえ」 巫女の口から八重歯が顔を覗かせた。 「教えてあげましょうか。古来から、妖怪は人間に退治されるものなのよ」 おわり 『ウサギたちとライオン』より