永遠亭の害虫ホイホイ
診察室には連日たくさんの人妖が訪れる。それどころか竹林の虫たちまでが、暑さを凌ぎたいのか室内をうろちょろする。衛生上の懸念を抱いた永琳は、虫が好む薬品を塗布した木の粘着板を部屋の四隅に配置した。 効果は覿面(てきめん)で、多くの虫たちが板にへばりつく羽目になった。永琳はそれを1つ1つ丁寧に剥がすと、あるものは逃がし、あるものは薬の材料にした。 ある晩に永琳は、部屋の奥で何者かが倒れているのを発見した。近づいてみると、黒光りするマントを纏った少女が顔面を木の板にくっつけてうつ伏せになっていた。 永琳は木の板から彼女の顔を離し、臥榻(がとう)に寝かせてから尋ねた。 「いったいここで何をしようとしていたのかしら」 腕を組みながら質問をする永琳を見た少女は、少し目を伏してから、口を震わせつつ言葉を返した。 「わ、私……、悪い虫じゃないよ。 なんとなく吸い寄せられるみたいにここに来ちゃって……。本当だよ」 永琳は少女の触角をつついて質問する。 「頭についているこれは何かしら」 「触角だけど」 「害虫にも同じものがついていたわ」 少女は大きく目を開けた。幾分の間の後、硬直していた彼女の顔がようやく言葉を発した。 「で、でも! 私は悪さをする虫じゃないもん!」 身を乗り出して必死に弁解する少女を永琳は少し見つめてから、表情を和らげて喋った。 「まあいいわ。 せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなさいな。素敵な飲み物をご馳走してあげるわ」 永琳はそう言うと寝転んだままの少女を起こした。首を傾げる少女をよそに、手招きして奥の部屋へ案内した。 扉を開けると、部屋の入り口で鈴仙がむんずと仁王立ちしていた。 「いけません師匠。いたいけな人妖を実験台にするのは」 鈴仙は語気を強めてそう言うと、すかさず窓を開けて少女を外へ逃がした。 ついでに鈴仙も飛び出そうとしたところ、「勤務中よ」と永琳に足首を掴まれた。 おわり 『農夫とコウノトリ』より