物で釣る泥棒
瘴気の深い魔法の森にあってさえ草木が茹(ゆだ)りそうなほど、今日は猛暑に見舞われている。魔理沙は早々にキノコ狩りを諦め、森の奥に建つ一軒家へ静かに立ち入った。魔理沙の予想通り、どこかの隙間から冷気が漏れているのかと思われるほどに涼しい。魔理沙は帽子を傍らに置き、玄関先の壁に身体を預ける。ふと、ちらり廊下を見ると、小さな小さな金髪の人形が扉の影から魔理沙を窺っている。魔理沙はこっちこっちと人形をおびき寄せた。 「なあ、これをあげるから黙っておいてくれないか」 魔理沙は懐から、穴の開いた切り株のようなものを取り出した。仄(ほの)かな甘さが辺りに漂う。魔理沙はスポンジのように柔らかいそれを一つ千切って、人形に手渡した。人形は暫し切れ端を見つめていたが、やがて再び魔理沙を見上げた。 「こんなもので釣られるわけないでしょ。私の大切なご主人様に申し訳ないわ」 魔理沙は思わず鼻から息を洩らした。 「アリス、お前はかわいそうな奴だな」 魔理沙は再び帽子を被り、ゆったりとした足取りで廊下の奥へ入っていった。 おわり 『泥棒と番犬』より