ウサギと寅
二足歩行の兎がいた。その兎は、黒い上衣に桜色のプリーツスカートで野原を歩いていた。 すると、前方から二足歩行の寅(とら)が現れた。ひらひら舞う大きな絹の輪を背負い、立派な槍を握り締め、警備でもしているかのように大仰(おおぎょう)な足取りでこちらへ向かってくる。ちら、と二人の目線が合った。その寅は立ち止まり、槍の先を兎に向けてじっと睨む。 「貴方、私を捕らえるつもりね。トラだから」 寅は槍を構えたまま、何も答えない。そよ風が二人の髪を撫でた。 兎は隙をついて右手の人差し指を突き出し、寅の肩目掛けて一発の弾丸を放った。寅は身動き一つする間も無く、先の尖った弾をまともに喰らった。肩を押さえて俄かに崩れ落ちる。 「その弾は私からの警告です。私自身が直に貴方と対峙したら、どうなるかお分かりですか?」 兎は襟を正し、寅を見下ろした。寅は苦悶の表情を浮かべて地面を凝視していたが、ふと、目が覚めたような表情で兎を見上げた。寅はそのままぼんやりと兎を見つめていたが、徐(おもむろ)に立ち上がり、くるりと背を向けてどこかへ消えていった。 寅の姿が見えなくなったのち、兎は草が萎えるように力無く座り込んだ。 「もしあの寅と争うことになっていたら……、きっと一撃で仕留められるんだろうなあ」 兎は膝元に両手を組み、左手の人差し指で、右手の人差し指をそっとなぞった。それから、眼の渇きが急に気になって、パチパチと瞬いた。 おわり 『射手とライオン』より