アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

饒舌な小悪魔


 面倒な客が来た、と小悪魔は思った。本棚の角を曲がると、湖面に似た色ののワンピースを纏う妖精が、仏頂面で仁王立ちしていた。
「紅茶を出せ」
 氷柱(つらら)のような六本の羽をしきりに揺らして小悪魔に迫る。小悪魔は「はあ」と一呼吸おいてから、頭の奥を存分に働かせた。
「そうですね。外はあいにくの雨ですし、お部屋の中でゆっくり紅茶を嗜みたい気持ちはよくわかります。けれども、一仕事終えた後のティータイムもまた素敵ですよ。私なんか、図書館の掃除を終えた後はいつも長机に腰かけて紅茶を淹れるんです。一日の成果と言いますか、自分のおかげで綺麗になった床や本棚を見ながら白いカップを口元へ寄せると、温かい香りがじんわりと鼻の奥をくすぐるんです。思わず顔を綻ばせてしまいます。ああ、今日もよくがんばったなあ、私がいるからこそこの図書館は成り立っているんだろうなあ、って。
 私はね、何か欲しいものがあるとき、只でそれを手に入れてしまうよりは、何かしら苦労を経た方が喜びも増えるような気がするんですよね。例えば貴方、氷を操ることができるそうですが、冬にポンポン生み出す氷と、夏の暑い日にがんばってがんばって作り上げた氷の粒、どちらが大切ですか? 私は断然後者ですね。いいですか。携わった労働に応じて、物の価値は高まるのです。私は貴方にぜひ紅茶を差し上げたい。けれども、せっかくならばそれを価値のある紅茶にしてあげたい。幸い、図書館の掃除はまだ少しも手をつけていません。どうです、私と一緒に、至福のひとときを迎えませんか」
 妖精は目を輝かせ、繰り返し頷いた。
「賛同してもらえたようで嬉しいです。雑巾とバケツはこちらにありますので」

  おわり


『オオカミと牧羊犬』より