記事を書かれる記者
射命丸は取材のために人里を訪れた。だがどうしたことか、往来から、軒先から、無数の視線が射命丸に突き刺さる。射命丸は動揺をぐっと堪えて、通りの真ん中を急ぎ足で過ぎていった。 人里にあって異彩を放つ煉瓦造りのカフェから、香ばしい風が射命丸の鼻を撫でた。ふと射命丸は思い立って、吸い寄せられるようにして木の扉をくぐった。 中で珈琲などを嗜んでいた客たちは、射命丸を見るとあからさまに目線を逸らした。射命丸は努めて意に介さず、入り口右に据えられた縦置きの雑誌棚に目を遣った。腰ぐらいの高さであるこの棚には、自分のを含めていくつかの新聞や雑誌が置かれている。射命丸は手当たり次第に新聞を抜き取り、両手でそれを抱えると一番奥の席に陣取った。注文を取りに来た店員に顔も向けず「珈琲」と呟いた射命丸は、テーブルに積み上がった新聞を一つずつ手に取り、舐めるように紙面を追う一方で忙しなく紙を捲った。暫くは無味乾燥とした情報が流れていくばかりだったが、四つ目の新聞の一面が射命丸の目に飛び込んできた。 「『文々。新聞』記者が妖精を籠絡か」 - 各地にて報告例、被害の拡大が懸念 如月二十日の昼ごろ、霧の湖で妖精が天狗に声を掛けられる事案が起こった。妖精(氷)は「『お菓子をあげるからちょっとお話を聞かせてくれない?』と言われ、手をつかまれた」と不快感をあらわにしている。犯人は現在も逃亡中。 同様の事案が各所で頻発している。友人の妖精(春)は「去年の仕事中に後をつけて来た。『いいですね。もっと見せてください』とにやついていた」と供述する。 犯人の住居からは、妖精を被写体とした大量の写真が見つかっている。犯人は以前から妖精好きとして知られている。被害に遭わないためには、薄っぺらい笑顔で話しかけられても「いやです」と断る勇気が大切である。(文責:姫海棠はたて) 「何これ。あの氷精、大喜びで団子を受け取ったくせに!」 射命丸は新聞の端を強く握り、荒々しく囁いた。 「あら」 不意に、鈴を転がすような声で呼びかけられた。見ると、黄色い着物を羽織った少女が、透き通った瞳で射命丸を見下ろしている。 「どれほどの人妖が、貴方と同じ気持ちになったのでしょうね」 おわり ※『牡ウシと雌のライオンとイノシシ狩りをする猟師』より