アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

風見幽香の生け花教室


 花畑の中央に拓(ひら)けた土地があった。幽香はそこに妖精や小さな妖怪を呼び集め、麗らかな陽気の下で指導を始めた。
「生け花は植物との対話です。この子たちはみんな、貴方たちと同じように生きています。植物の声をよく聞いて、自然の息吹を大切にしましょう」
 説明がひと通り終わると、子供たちはがやがやと作業を始めた。配られた花を湯呑みみたいな器に挿したり、花びらを指先で整えたりする。各々が熱心に花と向き合う様子を見て、幽香は人知れず微笑んだ。
「見て! あたいの最高傑作」
 俄かに妖精の一角から歓声が上がる。目を向けると、尖った羽を生やす水色の妖精が花を天に掲げていた。よく見ると、花弁からひんやりと冷気が漂っている。花は根っこからてっぺんまで凍り付いていた。
 幽香は氷精にひたひたと近寄り、背後に回ると肩をポンと叩いた。
「そうね、まずは貴方が生け花の気持ちになってもらいましょうか」

 妖精たちは、他のどの集団よりも真剣な眼差しで作業を再開した。彼女たちの背後には蔦(つた)が壁のようにそそり立ち、その真ん中にはぐるぐるに縛り付けられた氷精が飾られている。
 幽香はふと、別の集団に目を遣った。すると隅の方で、サーカスのテントを被った赤い服の少女が、未だ手を付けていない花を前に頭を抱えていた。
「お手伝いしましょうか」
 幽香は笑顔で少女を覗き込んだ。
「いや、はい、がんばります」
 少女は引きつった表情を浮かべ、せかせかと動き始めた。付近の花畑に駆け寄ると黒土を両手に集め、戻っては細長い器に盛る。溢れた土が泉のように零れていく。続いて少女は花の茎をつまみ、もう片方の手を根っこに添え、糸を通すように慎重な手つきで器の土へ差し込んだ。
「どうでしょう」
 少女は口を結んで幽香を見た。幽香は、器の側面に付着した土や地面を染め上げる土や少女の手に付いた土に目を遣った。
「花を大事にする心は素晴らしいわ。けれども、どうしたのかしら」
「氷精の有様を見て着想を得ました」

  おわり


『ライオンとキツネとロバ』より