神霊に酔う妖夢
道中で神霊を浴び続けた妖夢は、心の奥底から粘性の熱い塊が湧き上がってくるのを感じた。湯気のように首筋を伝って頭の頂点へ染み渡り、同時に全身が痙攣を始める。 「あ……あ……」 妖夢は呻きながら、焦点の合わない目で一心不乱に妖精や霊的なものを斬り続ける。 「ふふ、ふふふふ」 ひと通り片が付くと、今度は口の端をぐにゃりと曲げて湿った笑みを浮かべ始めた。 「私って……、こんなにも強かったんだ。最強、負ける気がしない」 群青色の虚空を見上げてぶつぶつと零しながら、再び迫り来る集団を反射的に薙ぎ払っていく。 「もっと、もっと」 暫くすると襲撃がピタリと止み、薄絹の装束を纏う少女が八角塔のてっぺんから舞い降りてきた。獣の耳みたいに束ねたふさふさの髪の毛が、そよ風に靡(なび)く。妖夢は刀の柄を持ち直した。対する少女は、刃を向けられても涼しげな表情を崩さない。 「へえ。君って、欲望の一部が欠落している割に酷く渇いているのですね。けれどもなんだかぎこちない。ここの空気に中てられたのでしょうか」 「問答無用」 妖夢は素早く刀を振るった。白色の真空刃が段々に揺れ動いて少女に迫る。だが次の瞬間、少女の姿は霧のように消え失せた。 「勝てると思いますか? 欲望丸出しの君が」 背後から凛とした声が響き、振り向く間も無く背中一面を何か大きなもので衝かれた。妖夢は、黒々とした地面へ真っ逆さまに落ちていった。 背中のごろごろとした違和感に妖夢は目を覚ました。周囲を見渡すと、見慣れた縁側や生え揃った松の木が目に映る。妖夢は白玉楼の庭で横になっていた。 「さ、また私からやり直しね。今度は自分を見失わないように慎んで頂戴」 不意に、どこかから透き通った声が聞こえてきた。寝そべったまま上を見ると、白や青の神霊たちが紫色の空に彩りを添えている。妖夢はゆっくりと立ち上がり、腰に差す刀を握り、ほんの少し目を閉じて、瞼を開くと地面を蹴って風を切るように舞い上がった。 おわり 『ランプ』より