アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

霧雨魔理沙爆殺事件


 ある日、森林にひっそりと佇む小さな家に、一通の書簡が届いた。魔理沙はそれを机の上に広げ、整然と並べられた文字を目で追った。


   急啓

 未だ寒さが続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 さて、貴方が私の書物を無断で拝借してから、もう指折り数えるのも飽き飽きするほど経ちました。そこで、私としても大変煩わしいことではありますが、このたび返却の期限を設けます。つきましては、期日までに本を全部持ってきてください。
 返却の約束が守られない場合、友人の協力を得て貴方の自宅に爆弾を仕掛けます。これは予告状です。首を洗って待っていなさい。

    早々

        パチュリー・ノーレッジ


 魔理沙はぎこちない手つきで手紙の裏側を捲(めく)った。そこにはくっきりとした文字で、明日の日付が記されていた。
 「ふーん」
 誰もいない冷え切った自室で、魔理沙は声混じりの溜め息を洩らした。それから魔理沙は、散らばった本に手を付けようともせず、そのまま眠りについた。

   *

 期日を過ぎた日の朝、魔理沙は陽が昇ると同時に目を覚まし、朝食を手早く済ませると家の外へ出た。周囲はひんやりした空気に覆われ、叢(くさむら)の音もせず静まり返っている。残雪が纏わりつく木々に目を遣り、払暁に黄色く染まる空を見上げ、魔理沙は白い息を濛々と吐いた。
「ま、全然気にしちゃいないが」
 魔理沙はゆったりとした足取りで家へ戻ろうとして、だが途中で立ち止まると背後を振り返り、外縁に色とりどりのオーレリーズを撒いてから、ようやく玄関をくぐった。

 魔理沙は机に向かって本を読みながら、時折窓の外に目を遣った。そうして人の気配が無いのを確認してはその度に、「ちょっと目の休憩をしただけだ」などと独り言を漏らした。
 森に闇が降り始めた。魔理沙は再び外へ出て、夕焼けに染まった木のてっぺん、茂みの奥の暗がりなどに目を凝らした。けれども、いつも通りの風景がただそこにあるばかりで、何も見当たらない。
「なんだ、驚かせただけか。いや、私は全然怖くなかったけど」
 魔理沙は細い息を頭上に棚引かせながら、踵を返して家の扉を開いた。ふと見下ろすと、玄関のマットに小さな金髪の人形がちょこんと立ち、片手を挙げて魔理沙を出迎えていた。

  おわり


『ヒツジ飼とイヌ』より