緋想の剣が悪い
天子は、ぴかぴかに磨いた黄金色の剣(つるぎ)を右手に握り締め、軽やかに地上へ降り立つとあちこちへ剣を見せびらかして回った。中でも、麓の神社ではこれ見よがしに剣をちらつかせた。霊夢は眉間にしわを寄せつつ、何事も無い風にして境内の掃除を続けた。 「ああー、なるほどなるほど、カラッカラの晴れですねえ。頭が空っぽな貴方にはお似合いね」 天子は剣先を霊夢の顔に向け、トンボを落とすみたいにくるくると回してみせる。霊夢は箒を握る手に筋を立てながら、それでも涼しげな表情を繕う。 「あ」 すると、あんまり調子良く剣を回していたものだから、天子の指先から剣がすっぽり滑り落ちた。刃が石畳に触れ、金属音が跳ね渡る。手を前方へ差し出したまま動きを止めた天子に、霊夢が目を向ける。天子の耳が熱く染まる。 天子は苦い笑みを浮かべながら、徐(おもむろ)に屈んで足元の剣へ手を伸ばそうとした。その時、茂みから灰色髪の少女が四足歩行で飛び出し、かと思うと剣を攫(さら)って瞬く間に向こうの茂みへ消えていった。 「え」 天子は、少女が去った方と足元を交互に見て、パチパチと忙しなく瞬いた。ふと、正面の霊夢に目を遣る。 「さ。楽しげな舞を披露してくれたあんたに、どんなお礼をしてあげようかしら」 霊夢はいつの間にか箒をお祓い棒に持ち替え、腕を組んで天子を見つめて離さない。天子は降り注ぐ快晴の空に目を逸らし、独り言のように呟いた。 「あーあ。あれって私の剣じゃないんだよね。他人の気質を無闇に暴くあんな刃物、私に捨てられて当然よ。ごめんなさいね、緋想の剣が失礼なことをしたみたいで」 天子は首を天に向けたまま、ひたひたとその場を立ち去ろうとした。直後、天子は背中に鈍い衝撃を受け、視界が地面へ急降下した。 おわり 『禿の騎士』より