アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

評判を気にする程度の能力


 レミリアは白いレースの傘を片手に、はらはらと雪が降る夜の湖を訪れた。穏やかに波立つ湖面に舞い落ちる雪が、触れては消えていく。レミリアは、普段ならば躊躇うであろうぎりぎりの水際まで近寄り、水面を覗いた。見えるのは夜空の雲ばかり、自分の顔は映らない。
 ふと、頬を撫でる風を感じてレミリアは左を見た。向こうの岸辺で、赤く大きなリボンを頭に付けた少女が突っ伏している。
「生きているのかしら」
 レミリアは少女の下へ歩み寄り、絹みたいな頬を指先でそっとつついた。少女はじんわりと瞼を開き、湿った眼差しでレミリアを見る。
「ご……、ごはん」
「ご飯? お腹が空いているのね」
 レミリアは即座に飛び上がり、自らの館へと急行した。

 戻ってきたレミリアは、湯気の立つお盆を抱えた銀髪のメイドを連れていた。
「霊夢、温かいご飯よ」
 レミリアに促され、メイドは無言で盆を差し出した。むくりと起き上がった霊夢は、目を点にしてスープやムニエルを見つめ、震える手で箸を握ると、水を得たような勢いでかき込み始めた。
 どの皿もひと通り空になったところで、霊夢はつやつやの表情でレミリアを見た。
「ねえ。どうして私に食べ物を与えてくれたのかしら」
 レミリアは、傘の横を落ちていく雪に目を遣った。
「こんなところで衰弱されたら、私の評判が崩れるのよ。『あいつが霊夢の運命を悪い方に操ったんだ』って。それだけよ」
 レミリアはそう呟きながら、霊夢の背中に付いた雪を手で払おうとして、傍らのメイド長に制止された。

  おわり


『旅人と運命の女神』より