逃げる阿求
魔理沙は箒を傍らに持ち、白い息を吐きながら人里外れの雪原を歩いていた。沈みゆく夕日に照らされ、辺りは橙(だいだい)色に暗くなってゆく。 ふと森の方を見ると、赤い和装のスカートを纏う少女が黄色い袖をはためかせ、引きつった表情で駆け寄ってきた。筆と紙を持つ手が激しく揺れる。 「なんだなんだ?」 走り慣れていないのかしきりにもつれる少女を見て、魔理沙は思わず口の端を歪めた。 「助けてください!」 少女は魔理沙の背後に回って思いきりしがみ付いた。相当な距離を走って来たのだろうか、ひんやりした感触が布越しに伝わる。 正面に視線を戻すと、どこから来たのか真っ黒な球体がすぐそこまで迫っていた。 「待てー」 「ひっ!」 球体の中からくぐもった声が聞こえるのに合わせて、少女がぶるりと震える。 「おいおい、いったい何の騒ぎだ。あと顔を見せろ」 すると、球体の縁から金髪の女の子がぬっと顔を出した。側頭部に、びっしりと赤文字が書かれた小さいリボンをつけている。 「遊んでいただけなのに」 「そうなのか?」 魔理沙は、自分の腰元から顔を覗かせている和服の少女に目を遣った。少女は激しく首を振る。 「いいえ! 追われる方は命がけなんです!」 おわり 『ウサギと猟犬』より