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夏のチルノの冷却大作戦


 燦々(さんさん)と照りつける太陽の下、チルノにとっては右手に持つ棒アイスだけが頼みの綱だった。湖のほとりで氷のようなアイスを齧ることが、夏の楽しみなのだ。
 湖へ向かって歩いていると少し離れたところで、華奢な体をした魔法使いが人形を連れ歩きながら横切っていった。
 チルノは魔法使いの姿に目を奪われるばかりであった。夏の魔法使いはチルノの大きな関心事である。チルノは、彼女らが魔法で周囲をほどよく冷やしているというのを聞いたことがあった。こっそり着いていけば、きっとその恩恵に与(あずか)れるだろう。
 早くも涼しい気分になったチルノは、さっそくその魔法使いの後をつけることにした。

 張りつめた気持ちのまま尾行を続けているうちに、辺りはいつの間にか鬱蒼とした森になっていた。ここまでは気づかれないように牛十頭分ほどの距離を空けていたが、一向に涼しい風がやってこない。
 少し距離を詰めてみる。変わらない。思い切って彼女の真後ろまで迫る。涼しくない。おかしい。
 ここでチルノははっとした。魔法使いは周囲を涼しくしているのではなく、自身の体を直接冷やしているのでは? 少なくとも目の前の魔法使いは、そうなのだろう。
 悔しさで今すぐにでも飛びかかりたい気分であったが、ここで気付かれるのも癪なので、心の中でうーと唸るにとどめた。
 がっかりして緊張の糸が解れたチルノだったが、なにやら右手がぐちゃっとした感触に包まれていることに気が付いた。
 即座に首を動かして右手を見ると、持っていた棒には氷の粒が少し残るだけで、あとは全て手に滴っていた。
 暫く棒を見つめた後、もうアイスが食べられなくなってしまったこと、涼しくなれなかったまま炎天下の中を住処まで戻らないといけないこと、悲しい思いが綯交ぜになって、チルノはとうとう泣き出してしまった。

 乾いた土にたくさんの潤いを与えた後、うずくまっていたチルノはようやく落ち着きを取り戻した。
 ふと前を見ると先の魔法使いがしゃがみこんでいて、柔らかい眼差しでチルノの方を眺めている。
「妖精さん。せっかくだから寄っていかない?」
 突然の申し出にチルノは目をぱちくりさせた。それからそっと立ち上がって魔法使いの手を握り、人形たちに囲まれながら森の奥へと消えていった。

  おわり


『イヌと影』より