アンコーハウス - 東方伊曽保物語 -

食指を伸ばす魔理沙


 魔理沙は手慣れた動きで、黒光りする大きな扉を音も立てずに開け放した。紅の絨毯、木の幹みたいな色の本棚たちが目に留まる。魔理沙は注意深く左右を見回し、頭上のシャンデリアにも目を凝らし、小さく頷いてはそろりそろり、本棚の間へ入り込んでいった。
 幾許か奥へ進んだところで、魔理沙は歩みをピタリと止めた。右の棚を見る。見慣れた一本傷が本棚の縁に伸びている。それを確かめて、魔理沙はようやく本に手を伸ばした。表紙を見遣り、またも控えめに頷く。
「さて、今日はもう帰るか」
 お目当ての本が見つかった魔理沙は、そのたった一冊をもって入り口へ戻ろうとした。だが、ふと気になって通路の奥を見る。向こうに見える壁沿いの棚に、見覚えの無い本たちが所狭しと並んでいた。魔理沙は口の端を歪めた。
 棚と棚の間を横切る幅広の通路を超え、足取りもしっかりと壁際へ接近していく。そうして三本目の通路を跨ごうとした時、魔理沙は生暖かい風を感じて左を見た。魔理沙の真横で、本の山を抱えた赤髪の少女が目を点にして呆然と立ち尽くしていた。
 魔理沙は徐(おもむろ)に手を軽く挙げ、何事も無かったかのようにその場を通り過ぎた。
「まあ大丈夫だろう。あいつもきっと、慣れ親しんだ私のことを住人だと思っているに違いない」
 そうしているうちに、ついに壁の本棚まで辿りついた。首が痛くなるほど背の高い本棚に、色とりどりの本たちがぎゅうぎゅうに詰められている。どの本も「魔理沙魔理沙」と待ち構えているように見えて仕方がない。
「いやー、参ったなー」
 魔理沙は左手で頭を掻きながら、目の前の黄色い上製本に右手を伸ばした。その瞬間、鳥の群れがいっぺんに羽ばたいたかのような騒音が鳴り響いた。何事かと見上げると、周辺の本という本が本当に羽ばたいていた。不意に一撫での風が吹く。と同時に、上空の本たちが一斉に魔理沙目掛けて飛びかかってきた。夥しい本の群れに魔理沙は為す術も無く、バサバサと本に埋もれていった。
 積もりに積もった本の中、何も見えない暗い中、外の世界から単調な声が聞こえてきた。
「はい、全部没収」

  おわり


『ライオンとウサギ』より