なまものを奪い合う天狗たち
絨毛のように靡く草原、その真ん中に竜宮の使いが降り立つのを発見した。竜宮の使い、永江衣玖は時の流れが緩んでいるかのような動きで、滑らかに右手を天に掲げた。 「これは……」 思わず声を洩らしてしまう。間違いない、彼女はこの晴天にも関わらず雷を呼ぼうとしている。私はすぐさま縦長薄っぺらのカメラを取り出し、決定的な瞬間を待ち構えた。 その時、私の右横から乾いた気配が漂ってきた。間髪入れず振り向くと、黒髪に埃(ほこり)の塊をぶら下げたやつが片膝立ちで黒いカメラを構えていた。 「ちょっと文」 遠くの永江さんに気づかれないよう、息混じりにひっそりと呼び掛ける。 「何?」 「これは私が先に見つけたのよ。貴方は退きなさい」 「嫌だと言ったら?」 思った通りこの天狗、生意気な態度で私を挑発してくる。ならば。私はもはや憚らずに声を荒げた。 「実力行使よ」 私は先手を打とうと飛び上がり、文に“連写”をお見舞いする。文は「邪魔なトンボね」と言わんばかりの緩慢な初動でそれを交わすと、空を目まぐるしく駆け回っては尖った弾をばら撒き始めた。 「ああ、もう!」 そこからはもう防戦一方。うん、最初から、弾幕勝負で文に敵わないことは判っていた。けれども何とか一撃をお見舞いしたい。私は必死に弾幕を避けながら原っぱを見下ろし、何か反撃のきっかけは無いかと血眼で探した。するとどうしたことか、青くてちっこい何かが永江さんに近づいているではないか。私はその動きに神経を注ぐ。 “青いの”は、腰を捻らせて指先を突き上げる永江さんの下まで来ると、黒い丈長スカートの裾を思いっきり引っ張った。 「あ!」 私と文は同時に驚嘆した。平衡を失った永江さんの指先がバチリと輝く。直後、草原に極太の雷が落っこちた。 昨日は散々な目に遭った。焦げた服を修繕するのに丸一日かかるなんて。 何とか綺麗になった上下を纏い、気晴らしに人里へ赴いた。すると、いつも新聞を届ける得意先のカフェで何やら人だかりができている。私は人ごみの間に首を突っ込んだ。軒先のテーブルに、青い表紙の小冊子が山積みになっている。 “『チルノのにっき 実録、天空の妖怪に雷を浴びせられるまで』ようせい出版” ふと誰かに右肩を軽く叩かれる。振り向くと、文が弛緩しきった表情で私を見つめていた。 「はたて。私、退職願い出そうかな」 おわり 『ライオンとクマとキツネ』より