夜の湖畔に姉妹(ふたり)きり
星たちが静かに瞬く空の下、フランは姉に連れられて湖の畔を散歩していた。齧(かじ)られたように欠けた月から注がれる明かりで、辺り一帯の草地がほんのりと見渡せる。フランは姉の斜め後ろを歩きながら、どうして殆ど顔を合わせることも無い私を誘ったのだろうと考えた。 湖から吹く風は澄んでいて、少し肌寒い。フランも姉も、身の丈に合わせて作った固い素材のコートを羽織っていた。二人の会話は無い。 フランは湖を見渡した。湖面には月の影が揺らめき、その向こうで黒々とした森がざわめいている。フランは背後を振り返り、小さくなった紅魔館の輪郭を見つめ、再び姉の後を追った。 風が葉を揺らす以外には、何の音も聞こえてこない。フランはふと、姉が左手に小ぶりの傘を持っていることに気づいた。フランは一度、ためらうように唇を噛んでから、恐る恐る声を洩らした。 「あの、どうして日傘を持っているの?」 姉はゆらりとフランに振り返った。コートの裾が控えめに踊る。姉はフランをじろじろと見回し、それから目を見開いた。 「え、何? フランは傘ないの?」 何度も瞬きをしたり眉間を押さえたりする姉を目の当たりにして、フランは枯れ木のようにその場に突っ立った。 暫くして平静を取り戻した姉は、溜め息交じりにフランへ向き直った。 「フラン、貴方は陽が昇り始めてから傘を探すのかしら」 おわり 『イノシシとキツネ』より