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復讐の小傘、道半ばにも至らず


 小傘は決心した。今日こそ、自分の残機を三桁も奪った東風谷早苗に一矢報いてやろうと。唐傘を広げて曇り空に舞い上がっていた小傘は、くるりと反転して靄のかかった山を見据え、丁寧に傘を閉じると勢いよく飛び込んだ。

 小傘は麓に降り立った。雪に覆われ鼓動が消えた山を登ってゆく。木の枝はどれも死んだような白に染まり、灰色に薄汚れた山道にはところどころ、獣か何かの足跡が残っている。小傘は、裸足に下駄の頼りない足元に痺れを感じながら、それでも上を目指した。
 急坂(きゅうはん)を登りきったところで、それまで悉く木が続いていた視界が一気に開けた。前方にて、先の鋭い氷の塊が巨大な岩壁に張り付いている。その真下には丸い大きな窪みが広がっていて、一枚の厚い氷で覆われている。濁った氷の奥に、泳いでいる魚たちが微かに見える。
「滝……?」
「誰だ」
 凍った滝に見惚(みと)れていると、その裏から太い剣を構えた少女が飛び出してきた。
「いやいやいや! 攻めに来たわけじゃ」
「何の用だ」
 少女は小傘が激しく首を振るのにも構わず、眼前まで迫ると刃の先を小傘に突きつけた。小傘の喉の奥から、か細い悲鳴が漏れ出る。
「用件を」
「はいはいはい! 用件、用件、あ、守矢の巫女を見かけましたか?」
「早苗さん?」
 少女は目の睨みを緩めた。
「知り合い?」
「ええ、まあ」
 少女は剣を静かに下ろし、深々と頭を下げた。
「失礼しました。なにぶん、不審者には刃を向けて尋問する決まりになっていますので」
 小傘は、急にしおらしくなった少女にひどく拍子抜けした。雪のように白いふさふさの頭頂部を向けられた小傘は、悪い気はしなかったが、さりげなく挙動不審な扱いにされたことが引っかかった。
「それで、あの巫女はどこを通りかかりました?」
 少女は頭にふんわりと生えた耳をピクリと動かし、素早く背筋を正した。
「どこを通ったかは判りません。ですが、早苗さんならきっと神社にいるでしょう。案内しましょうか?」
 柔らかな笑顔で問いかける。小傘はつくづく先ほどとの落差に違和感を覚えながら、目の前の少女が言ったことを反芻した。
 神社へ行く。早苗と出会う。戦う。弾幕。直撃。懲罰。
 その途端、ぼんやりと描いていた想像が輪郭を帯び始め、見る見るうちに小傘の上半身から血の気が引いた。
「や、そんな、大丈夫です。探しているのは早苗の足跡で、早苗そのものじゃないんです」
 小傘はそう言い残し、ふらふらと山を後にした。

  おわり


『猟師と樵』より