いたずらに奪い合い
幽香が転んだ。あの大妖怪の幽香が、今まさに私の眼前で、盛大に転倒した。どうやら草地の一部が凍っていたらしい。これはスクープ間違いなし、すぐにフィルムに収めなければ。 だがその時、私の右横の草むらが不自然に揺れた。否が応にも目を向けてしまう。塊になった草地から、白いぼんぼりを側頭部にぶら下げた黒髪短髪の少女が、顔と手だけを突き出していた。そのしなやかな手には黒光りするカメラがしっかりと握られている。射命丸文、やはり。 私は足音を立てないようにその草むらに近づき、文の手首をぐいと掴み上げてやった。 「ちょっと。私が先に見つけたのよ」 不意打ちに目を真ん丸にした文へ向かって、息混じりの声で迫る。 「ネタは誰かの所有物じゃないのよ」 「だったら単純に邪魔だわ。退いてちょうだい」 私は文の腕を引っ張り出そうとしたのだけれど、この強情なやつはなかなか折れてくれない。暫くの間、私と文は互いに唸りながら、不毛な力比べを続ける羽目になってしまった。 だがどうしたことか、ふとした拍子に文が力を抜いた。その勢いで飛び出した私たちは重なり合うようにして土の上を転がった。 「何なのよいったい!」 肘や手にできた擦り傷をさすりながら、私の下敷きになった文を睨んだ。けれども文は、だらしなく口を開けて空を見上げたまま動かない。つられて私も背後を振り返った。丈長スカートの女性が日傘を片手に、口の端を吊り上げて私たちを見下ろしていた。 おわり 『ロバの陰』より