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初詣、二人のはみ出し者


 神の存在に名を上げた守矢神社は、今ではすっかり初詣の定番となっていた。はるばる人里から人々が押し寄せるおかげで、馬を走らせられるほど広々とした境内は押し合いへし合いの様相を呈していた。
 夜の入り、神社を覆うように茂る林の陰で、耳の尖った少女が様子を窺っていた。年季の入った焦げ茶色の手水舎には、身を清めようとする人々がひっきりなしにやってくる。少女はそれを冷めた目で見た。
「私が同じように参詣したら、きっとみんな、ひどく驚くでしょうね。ああ妬ましい」
 人ごみに向かって呟いていると、誰かに背中を軽くつつかれた。瞬時に振り返り戦闘態勢を取る。だがそこには、一片の敵意も感じられない白衣の妖精が佇んでいた。少女は強張っていた頬の筋肉を緩ませた。
「貴方は何? 用が無いならどこかへ行って」
 少女の問いかけに対し、妖精は何事も無かったかのように少女の隣に並んだ。

 暫くの間、二人は無言で境内を眺めていた。橙(だいだい)の雪洞(ぼんぼり)に彩られた境内、人々は夜店や本殿に執心して、暗がりの二人を見つける者は誰もいない。
 この少女は人の妬みを期待して神社までやって来たのだが、残念ながら負の感情は殆ど集まらない。場所が悪いのか。そんなことを考えながらも、少女は左隣にちょこんと並ぶ妖精が気になって仕方がなかった。ガラスのように透き通った双眼は、何に焦点を合わせているのか全く分からないが、それでも前方を熱心に見つめている。
「貴方はお参りしないの?」
 少女はほんの気紛れに尋ねてみた。妖精は少女の方を向くと、手のひらで腕や体をさする動作を見せた。
「ああ。寒いから人前には出たくないのね。わかるわ」
 少女の回答に妖精は首を傾げたが、それ以上は何もせず、再び境内へと視線を戻した。

 人々の出入りは減らないのに、“妬み”は一向に溜まらない。そろそろ引き上げようかと少女は神社に背を向けようとして、チラリと妖精を見た。先ほどから微動だにしないと思っていたら、妖精は直立したまま瞼を閉じていた。少女は見て見ぬふりをしようとしたが、帰路を辿ろうとする一歩が踏み出せない。少女は自分の甘さに観念して、妖精の肩を小刻みに揺すった。
「ちょっと。こんなところで寝てる場合じゃないわよ」
 妖精はパチパチと瞬きをした後、少女の顔を真っ直ぐに捉えた。だがすぐに目が細くなっていく。
「仕方ないわね」
 少女は「山を下りるまでだから」と付け加えつつ、寝息を立てる妖精を横向きに抱きかかえた。その瞬間、じんわりとした波が少女の肌に伝わる。
「あたたかい」
 神社から完全に目を逸らした少女は、地面を思い切り蹴って飛び立ち、月明かりの夜へと消えていった。

  おわり


『オオカミとヒツジ飼たち』より